2026年半ばに予定されているコーポレートガバナンス・コードの改訂は、単なるルールの見直しにとどまりません。
それは、日本経済が長年抱えてきた「投資不足」と「成長停滞」という構造問題に対する処方箋になり得るのか、という問いでもあります。
企業統治は形式を整えることが目的ではありません。本質は、企業の成長力、すなわち「稼ぐ力」をどう高めるかにあります。
今回は、これまでの企業統治改革を振り返りながら、今回の改訂が持つ意味を整理します。
1 企業統治指針の歩みと今回改訂の方向性
企業統治指針、いわゆるコーポレートガバナンス・コードは、2015年に東京証券取引所の規則として導入されました。
その後、2018年、2021年と改訂が重ねられ、今回が3回目の見直しとなります。
今回の改訂の方向性は大きく二つあります。
(1)指針のスリム化
これまでの改訂により内容は高度化・複雑化しました。
その結果、企業側の情報開示や対応負担が増加しています。
今回の見直しでは、過度な形式主義に陥らないよう、指針の整理・簡素化が検討されています。
(2)「稼ぐ力」の強化
もう一つの柱が、企業の成長力強化です。
- 経営資源配分の妥当性検証
- 取締役会機能の実質化
- 情報開示の高度化(有価証券報告書の早期開示等)
形式を整える段階から、実質的な企業価値向上へと軸足を移す改訂といえます。
2 日本の企業統治改革の特徴
日本の企業統治改革には、いくつかの特徴があります。
(1)統治は目的ではなく手段
日本では、企業統治は「企業成長のための手段」と位置づけられてきました。
守りの統治ではなく、成長戦略の一環としての「攻めのガバナンス」です。
(2)形式から実質へ
まず制度を整え、後から実質を伴わせる。
このアプローチで改革が進められてきました。
(3)焦点は「ボード」と「対話」
- 取締役会機能の強化
- 投資家との建設的対話
この二点が中心テーマでした。
(4)プリンシプルベース+コンプライ・オア・エクスプレイン
原則を示し、守らない場合は説明を求める。
画一的な規制ではなく、企業の自主性を尊重する設計です。
3 形式改革は進んだが、成長は進んだか
統治形態の整備は着実に進みました。
- 監査等委員会設置会社の増加
- 任意の指名・報酬委員会の普及
- 独立社外取締役の比率向上
形式面では大きな変化がありました。
しかし、問題はここからです。
形式が整えば企業は成長するのか。
残念ながら、単純な因果関係はありません。
企業部門は長年資金余剰状態にあり、内部留保や現預金は積み上がっています。
成長投資への積極的な資金配分は十分とはいえません。
日本経済は「悪い均衡」に陥っているとも言われます。
- 企業は投資を抑制
- 家計は預貯金中心
- 政府が財政出動で需要を下支え
本来あるべき、企業投資 → 賃上げ → 消費拡大 → さらなる投資、という好循環が弱い状態です。
4 「攻めの取締役会」への転換
経済産業省が公表した「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」は、こうした状況を踏まえた提言です。
ポイントは明確です。
- 経営陣が価値創造ストーリーを構築すること
- 事業ポートフォリオの組み替え
- 成長投資への資源配分
- 適切なリスクテイクの後押し
米国では、経営者が積極的にリスクを取り、取締役会がそれを監督します。
一方、日本では、経営者が慎重すぎる傾向がある。
だからこそ、取締役会がリスクテイクを「後押しする」役割が期待されています。
これは日本型ガバナンスの特徴的な方向性です。
5 産業構造転換と企業統治
日本経済は長期デフレから脱しつつあります。
しかし、人口減少、巨額の政府債務、生産性停滞という構造課題は重いままです。
産業構造を転換しなければ、持続的成長は望めません。
企業統治指針の改訂は、その転換を促す制度的インフラです。
- 形式整備から実質重視へ
- 守りから攻めへ
- 貯蓄から投資へ
ガバナンスは、企業を縛るための枠組みではなく、挑戦を後押しする装置へと進化できるかが問われています。
結論
今回の企業統治指針改訂は、単なるルールの修正ではありません。
日本企業がリスクを取り、成長投資を進め、新たな産業構造を築けるかどうかを左右する重要な転換点です。
形式は整いました。
次に問われるのは、実質です。
取締役会は「守りの監視装置」から「成長を後押しする戦略機関」へと進化できるのか。
日本経済が長期停滞から抜け出すための鍵は、まさにそこにあるといえるでしょう。
参考
・日本経済新聞「企業統治指針・改訂の論点(上)産業構造の転換を後押し」2026年2月18日朝刊
・経済産業省「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」2025年4月公表資料

