2025年度から、証券取引等監視委員会(以下、監視委)が新たに「不正会計リスクを自動で抽出するシステム」を導入しました。これまで人の目に頼っていた開示書類の点検作業の一部をAIに置き換え、不正の兆候を効率的に見抜こうというものです。
一見すると地味なニュースですが、資本市場の健全性や投資家の信頼を守るためには大変重要な一歩です。この記事では、この新システムの仕組みや導入の背景、企業・監査法人・投資家にとっての意味を掘り下げて解説します。
1. なぜ「不正会計」が問題なのか?
不正会計とは、企業が意図的に虚偽の数値や粉飾を行い、実際よりも業績を良く見せたり、損失を隠したりする行為を指します。代表的なものには以下のような手口があります。
- 売上の前倒し計上(架空売上の計上)
- 費用や損失の先送り
- 在庫や資産の水増し
- 関連会社を使った取引のねつ造
こうした不正は、投資家の判断を誤らせるだけでなく、発覚すれば株価暴落や経営危機につながります。過去には東芝やオリンパスなど大企業の不正会計事件が社会を揺るがしました。資本市場全体への信頼を損ない、健全な投資環境を壊しかねない重大な問題なのです。
2. 新システムの仕組み ― AIで「怪しい動き」を検出
今回導入されたシステムは、上場企業が提出する 有価証券報告書 をAIが自動で分析し、不正の兆候を検知する仕組みです。
- 数十の財務項目をチェック:純資産、収益、営業利益など、主要な数値の特徴的な変動を抽出。
- 過去の不正事例を学習:監視委が課徴金納付命令を出したケースをデータ化し、共通するパターンをシステムに反映。
- リスクの高い企業をリスト化:業績が急に改善したり、逆に急落した企業などを一覧表示。
- 注記も読み取り:投資家に注意を促す「継続企業の前提に関する注記」の有無を判定。
これまで監視委の職員が膨大な開示書類を目視で確認し、検査対象を決めていました。システム導入により、まずAIが「要注意リスト」を作り、人間が最終判断を下すという二段階のチェック体制になります。
3. 背景にある「不正会計の増加」
なぜこのタイミングでシステムが導入されたのでしょうか。背景には不正会計件数の増加があります。
- 2024年度の不正会計件数:67社(前年度比13.6%増)
- 2019年度のピーク:74社(08年度以降で最多)
- 監視委の勧告件数:24年度は14件と、前年から6件増加
東京商工リサーチは「コロナ禍ではリモート監査などでチェックが難しく一時的に減ったが、企業活動の正常化に伴い再び増加に転じた」と分析しています。
つまり、不正会計は決して過去の問題ではなく、むしろ現在進行形で広がりを見せているのです。
4. AI活用の意義と限界
メリット
- 効率化
数千社に及ぶ上場企業の有価証券報告書を、短時間でスクリーニング可能。 - 早期発見
不正の兆候を迅速に検出し、調査着手までの時間を短縮。 - 抑止効果
「AIの目が光っている」という意識が企業に働き、不正の抑止につながる。
限界
- 誤検出の可能性:業績回復が健全な経営努力の結果か、不正なのかはAIだけでは判断できない。
- 最終判断は人間:システムはあくまで補助ツールであり、実際に課徴金勧告を行うのは人間。
- 継続的改善が必要:新しい手口に対応するため、データやアルゴリズムを更新し続ける必要がある。
監視委の幹部も「精度を高めながら不正の早期発見につなげたい」と述べています。
5. 監査法人との関係 ― 大手と中小の格差
企業の会計をチェックする監査法人でも、AIの導入が進んでいます。
- 大手監査法人:AIを活用して膨大な会計データを自動検証し、リスクを抽出する取り組みが進展。
- 中小監査法人:監査報酬の高騰を背景に選ばれるケースも増えているが、リソース不足でAI活用が進みにくい。
つまり、監査の質において「大手と中小の二極化」が生じつつあります。今回の監視委システムは、このギャップを補う役割も期待されます。
6. 投資家・市民にとっての意味
このシステム導入は、投資家にとって次のようなメリットをもたらします。
- 市場の透明性向上:不正会計が早期に発見されれば、投資判断の信頼性が高まる。
- 損失リスクの軽減:不正発覚による急落リスクを回避しやすくなる。
- 資金の適正配分:健全な企業に投資マネーが集まり、市場全体の健全性が強化。
一般市民にとっても、株式市場や年金基金などを通じて間接的に恩恵を受けることになります。
7. 今後の課題と展望
- システム精度の向上
AIが誤検知を減らすには、より多くの事例データの蓄積が必要。 - 企業・監査法人との協力
監視委だけでなく、企業自身や監査法人の内部統制強化も不可欠。 - 国際的な連携
グローバルに展開する企業も多いため、海外当局との情報共有も求められる。
監視委は今後、ホームページで不正事例の解説やガイドラインを公表し、企業・監査法人との対話を強化するとしています。
まとめ
- 不正会計はコロナ禍後に増加傾向にあり、24年度は67社で発覚。
- 監視委は2025年度からAIを活用した新システムを導入。
- 財務数値や注記を分析し、不正リスクが高い企業をリスト化。
- 最終判断は人間が行うが、効率化・早期発見が期待される。
- 投資家にとっては市場の信頼性が高まり、健全な資本市場形成につながる。
不正会計は「一部の悪質企業の問題」にとどまらず、市場全体の信頼性を揺るがす社会的課題です。今回のAI活用は、単なる効率化ではなく、資本市場の根幹を守るための大きな挑戦といえるでしょう。
👉 参考:
「不正会計の企業、システムで検知」日本経済新聞(2025年9月24日 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

