老朽化マンションの問題は、すでに一部の地域の課題ではなく、日本全体の構造問題になりつつあります。
2026年4月に施行される改正マンション管理・再生円滑化法は、その流れの中で位置づけられる重要な制度改正です。
今回の改正は「建て替えをしやすくする」だけではありません。
一括売却や大規模リノベーションなど、マンション再生の選択肢を広げるものです。
ただし、制度が変われば問題が解決するわけではありません。
むしろ、個人にとっての資産リスクはより複雑になります。
本稿では、この改正の本質と、今後の資産戦略への影響を整理します。
建て替え要件緩和の意味
従来、マンションの建て替えには「区分所有者の5分の4以上の賛成」が必要でした。
今回の改正では、以下のように要件が緩和されます。
- 原則:5分の4 → 維持
- ただし一定の条件あり(耐震不足・バリアフリー不適合など)
- 5分の4 → 4分の3へ緩和
これは一見すると「合意形成がしやすくなる」ように見えます。
しかし実態はもう少し複雑です。
マンションは一戸一票の世界です。
特に小規模マンションでは1票の影響が非常に大きく、これまで建て替えが進まなかった最大の理由が「合意形成の難しさ」でした。
今回の改正は、このボトルネックに直接手を入れたものです。
再生手法の多様化(建て替え以外の選択肢)
今回の改正の本質は、むしろこちらにあります。
従来は原則として「全員同意」が必要だった以下の手法が緩和されます。
- 一括売却(敷地売却)
- 1棟丸ごとのリノベーション
改正後は
- 原則:5分の4
- 条件付き:4分の3
で決議可能になります。
ここで重要なのは、マンション再生が「建て替え一択ではなくなる」という点です。
特に次のようなマンションでは、一括売却の現実性が高まります。
- 空室が多い
- 賃貸比率が高い
- 相続で所有しているだけの人が多い
この構造は、今後の日本では確実に増えます。
つまり、「住んでいない人が意思決定を左右するマンション」が増えていくということです。
最大の壁は“お金”である
制度が整っても、現実を止めるのは常にコストです。
- 建て替え負担:約1,940万円/戸(平均)
- 実務上はさらに上振れ(都市部)
さらに深刻なのが一括売却です。
調査によると
- 売却資金だけで近隣マンションを購入できる割合:5.7%
- 自己負担平均:約1,700万円
つまり何が起きるか。
「建て替えもできる」
「売却もできる」
しかし
「払えない」
この構造です。
ここにマンション問題の本質があります。
“2つの老い”が同時に進む
この記事の中でも最も重要なキーワードがこれです。
- 建物の老朽化
- 居住者の高齢化
この2つが同時に進む。
これにより
- 修繕費の負担能力が低下
- 合意形成の意思決定が停滞
- 空室・賃貸化の進行
という負の連鎖が起きます。
特に高齢者は
- 追加負担に慎重
- 引っ越しが困難
- 判断を先送りしやすい
結果として
「何も決められないマンション」
が増えていきます。
長寿命化という“第三の選択肢”
建て替えも売却も難しい場合、現実的な選択肢は一つです。
「延命」
すなわち
- 修繕による長寿命化
- 解体を見据えた積立
です。
すでに一部では
- 修繕積立金を解体費用にも充当可能にする
といった規約改正も始まっています。
これは非常に重要な動きです。
マンションは「永遠に使う資産」ではなく
「いずれ終わる資産」である
という認識への転換です。
資産としてのマンションはどう変わるのか
この改正によって、マンションの性格は大きく変わります。
これまで
- 住まい+資産
これから
- 合意形成リスクを内包した共同資産
になります。
具体的には
- 売却できないリスク
- 追加負担リスク
- 他人の意思に左右されるリスク
が顕在化します。
これは戸建てにはない特徴です。
今後の実務・個人戦略への示唆
このテーマは、今後の実務でも極めて重要になります。
ポイントは3つです。
① 購入時点で「出口」を見る
- 築年数
- 管理状態
- 所有者構成(居住 vs 賃貸)
② 修繕積立金の水準を見る
- 安い=リスク
- 将来の負担増を意味する
③ 管理組合の機能を見る
- 総会参加率
- 意思決定のスピード
マンションは「管理を買う」と言われますが、今後は
「合意形成能力を買う」
時代になります。
結論
今回の制度改正は、マンション再生を進めるための重要な一歩です。
しかし、それは同時に
- 個人にリスク判断を委ねる制度
- 合意形成の現実を突きつける制度
でもあります。
今後、マンションは
- 再生できるもの
- できないもの
の二極化が進みます。
そしてその差は
- 立地
- 管理
- 居住者構成
で決まります。
制度ではなく「中身」が問われる時代です。
マンションは資産であると同時に、共同体でもあります。
その両方を理解しない限り、適切な判断はできません。
参考
日本経済新聞(2026年3月22日 朝刊)
国土交通省「マンション政策関連資料」
横浜市立大学 斉藤広子教授 調査資料