高齢化が進むなかで、相続実務の前提条件は大きく変わりつつあります。
配偶者や子がいない「おひとり様」の増加、そして認知症リスクの顕在化です。
こうした状況の中で登場するデジタル遺言は、相続対策の有力な手段となり得る一方、使い方を誤れば新たなリスクを抱えることにもなります。
第5回では、おひとり様・認知症リスクという現実と、デジタル遺言の関係を整理します。
おひとり様相続の特徴
おひとり様の相続には、いくつかの特徴があります。
第一に、法定相続人が限定的、またはいないケースが多い点です。
兄弟姉妹や甥・姪が相続人になる場合、本人の意向と法定相続の結果が大きく乖離することがあります。
第二に、生前の意思が伝わりにくい点です。
同居家族がいないため、本人の考えや希望が周囲に共有されないまま相続が開始するケースも少なくありません。
こうした状況では、遺言の有無が相続の結果を大きく左右します。
デジタル遺言がおひとり様に持つ意味
デジタル遺言は、おひとり様にとって一定のメリットがあります。
・定期的に内容を見直しやすい
・法務局保管により、存在が確実に把握される
・形式的負担が軽減され、作成の心理的ハードルが下がる
特に、「誰にも迷惑をかけたくない」という意識が強いおひとり様にとって、
遺言を残しやすくなる点は重要です。
一方で、財産の行き先を自由に決められるからこそ、
内容の妥当性や、第三者から見た合理性がより強く問われる点には注意が必要です。
認知症リスクとデジタル遺言
相続実務で最も難しい問題の一つが、遺言作成時の意思能力です。
デジタル遺言では、本人確認や口述による意思確認が制度上想定されています。
しかし、認知症は段階的に進行するため、「作成時に十分な判断能力があったかどうか」が後から争われる可能性は残ります。
特に注意すべきなのは、
・軽度認知障害(MCI)と診断された段階
・日によって判断能力にばらつきがある時期
です。
デジタルだから安心、という発想ではなく、
作成時期そのものをどう判断するかが極めて重要になります。
デジタル遺言と成年後見制度の関係
認知症が進行した後では、遺言の作成自体が難しくなります。
成年後見制度を利用しても、原則として後見人が本人に代わって遺言を作成することはできません。
この点は、デジタル遺言であっても同様です。
「将来デジタルで簡単に作れるから、今はまだいい」という判断は、
結果的に遺言を残せないリスクを高める可能性があります。
税務・FP視点からの実務的示唆
おひとり様の場合、相続税だけでなく、
・死後事務
・納税資金の確保
・相続人以外への財産移転
といった論点が複雑に絡みます。
デジタル遺言はあくまで意思表示の手段です。
それ単独で問題が解決するわけではなく、
生前贈与、死後事務委任、信託などとの組み合わせが重要になります。
結論
デジタル遺言は、おひとり様や高齢者にとって、
相続対策の入口を広げる制度です。
しかし、
・認知症リスク
・意思能力の判断
・遺言作成のタイミング
といった本質的な問題を先送りできる制度ではありません。
むしろ、
「判断できるうちに、どう意思を残すか」
を考えるきっかけとして活用することが、最も現実的な使い方といえるでしょう。
次回は、「相続とデジタル資産(ID・クラウド・暗号資産)」をテーマに、
遺言では書き切れない新しい論点を整理します。
参考
・日本経済新聞「デジタル遺言要綱案、手書き負担減や押印除外」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
