年度替わりの時期は、生活環境の変化とともに体調を崩しやすい時期でもあります。こうした中で、医療機関に頼りすぎず、市販薬を活用して自ら健康管理を行うセルフメディケーションの重要性が改めて注目されています。
2026年の税制改正では、このセルフメディケーションを後押しする制度が拡充される見込みです。単なる税優遇の話にとどまらず、医療のあり方や家計行動にも影響する内容となっており、その全体像を整理しておく必要があります。
セルフメディケーション税制の基本構造
セルフメディケーション税制は、一定の市販薬を購入した場合に所得控除を受けられる制度です。
具体的には、本人または生計を一にする家族のために対象となる市販薬を購入し、その年間購入額が1万2,000円を超えた場合、超過部分(上限8万8,000円)を所得から控除することができます。
この制度は2017年に導入され、当初は時限措置としてスタートしましたが、今回の改正により恒久化される見込みです。
制度の趣旨は明確です。軽度な症状については医療機関に集中させるのではなく、個人の判断で市販薬を活用することで医療資源の適正配分を図ることにあります。
対象医薬品の拡大と制度の使いやすさの改善
今回の改正で最も重要なポイントは、対象となる市販薬の範囲が拡大される点です。
従来は、医療用医薬品から転用されたスイッチOTCが中心でしたが、以下のような一般的な医薬品も対象に加わる方向です。
- 解熱鎮痛薬
- 風邪薬
- せき止め・たん切り薬
- 外用消炎鎮痛薬
- 胃腸薬
- 生薬系医薬品
これにより、これまで対象外であった知名度の高い市販薬も制度の対象となり、日常的な体調管理との親和性が高まります。
制度の課題として指摘されてきた「分かりにくさ」は、一定程度解消されると考えられます。
検査薬の追加と利用促進の可能性
今回の改正では、市販の検査薬も新たに対象に加わる見込みです。
対象となるのは以下のようなものです。
- 新型コロナウイルス検査薬
- コロナ・インフルエンザ同時検査薬
- 排卵日予測検査薬
特に注目すべきは、家族分の購入額を合算できる点です。感染症の家庭内対応などで複数回使用されるケースでは、年間1万2,000円のハードルを超えやすくなります。
これにより、制度の利用者数が増加する可能性があります。
市販化の流れと医療の役割変化
政府は、医療用医薬品の一部を市販薬へ転用する流れを加速させています。
近年では、以下のような医薬品がスイッチOTCとして承認または検討されています。
- 胃酸分泌抑制薬
- 緊急避妊薬
- 片頭痛治療薬
- 睡眠改善薬
この動きは、単なる利便性向上ではなく、医療提供体制の再設計という側面を持っています。
軽症領域は市販薬で対応し、医療機関は重症患者や専門的治療に集中するという役割分担が、より明確になっていくと考えられます。
実務上のハードルと制度普及の課題
制度は拡充される一方で、利用が進んでいないという現実もあります。
実際、2024年の利用者数は約5万人にとどまっています。
その背景には、以下のような実務上のハードルがあります。
- レシートの保管が必要
- 明細書の作成が必要
- 確定申告が前提となる
- 節税効果が限定的
特に、1万2,000円という最低ラインと、控除方式による節税効果の分かりにくさが、利用を阻害している要因といえます。
今後は、マイナポータルとの連携による自動集計や申告簡素化が進まなければ、制度の本格普及は難しいでしょう。
家計管理と医療費の新しい関係
今回の制度拡充は、単なる税制改正ではなく、家計における医療費の考え方そのものに影響を与えます。
これまで医療費は「受診して支払うもの」という意識が強かったのに対し、今後は以下のような選択が現実的になります。
- 軽症は市販薬で対応する
- 検査は自宅で行う
- 必要な場合のみ医療機関を受診する
これは結果として、時間コストの削減や医療機関の混雑緩和にもつながります。
一方で、自己判断のリスクも伴うため、薬局や薬剤師の役割はこれまで以上に重要になります。
結論
セルフメディケーション税制の拡充は、市販薬の利用促進にとどまらず、医療と家計の関係を再定義する動きといえます。
対象範囲の拡大や制度の恒久化により、制度としての使いやすさは確実に向上しますが、実際の普及には手続きの簡素化が不可欠です。
今後は、デジタル化による申告負担の軽減と、薬局を起点とした健康相談機能の強化が鍵となります。
医療機関に行くか、市販薬で対応するか。この選択が、これまで以上に家計戦略の一部になっていく時代に入ったといえるでしょう。
参考
・日本経済新聞「市販薬の活用促す制度拡充」(2026年3月21日朝刊)
・財務省「令和8年度税制改正法案」
・厚生労働省 医薬品行政関連資料