■ 序章:成功報酬の裏に潜む“税務リスク”
ストックオプションは、企業の成長と社員の成果を共有する制度として広く普及しています。
しかし近年、申告漏れ・源泉徴収漏れといった税務リスクが顕在化しています。
会計検査院が2025年10月に公表した調査では、
2021〜2022年の2年間にストックオプションを行使した延べ1,000人超のうち、
約150人分・計60億円超の利益に課税漏れの可能性があると指摘されました。
国税庁はこの指摘を受け、2025年8月に全国の税務署へ「調査厳格化」の通知を出しています。
これは、今後のストックオプション税務実務に大きな影響を与える一歩です。
■ 1. 何が問題だったのか ―「情報はあるのに活かせていなかった」
ストックオプションが行使されると、
発行会社や証券会社は法令に基づき税務署に届出を行います。
国税庁はそれらの情報を基に「行使者リスト」を作成し、
所得税の申告内容と照合して無申告者を洗い出す体制を整えていました。
しかし、会計検査院の調査によると――
- 株式売却益などの付帯情報が不十分
- 各税務署間でのリスト共有が不徹底
- 事実上、リストが“活用されていなかった”
という運用上の問題が浮き彫りになりました。
これにより、「行使して利益を得たのに申告していない」ケースが多数見逃されていたのです。
■ 2. 税務上の基本整理 ― 適格型と非適格型の違いを再確認
| 区分 | 税制適格型 | 税制非適格型 |
|---|---|---|
| 課税タイミング | 株式売却時 | 権利行使時 |
| 課税区分 | 譲渡所得(20.315%分離課税) | 給与所得(総合課税・最大55%) |
| 源泉徴収 | 不要 | 必要 |
| 行使価額 | 付与時の時価以上 | 自由設定可 |
| 対象者 | 自社・子会社の役員・従業員 | 制限なし |
このように、課税タイミングが異なるだけでなく、企業の源泉徴収義務の有無も違います。
企業側が非適格型の源泉徴収を怠ると、
追徴課税や重加算税のリスクに直結します。
■ 3. 今後の調査強化の方向性 ―「リスト活用」と「データ突合」
国税庁は今回の会計検査院の指摘を受け、以下のような強化策を進めています。
● (1)行使者リストの有効活用
- 株式発行・行使情報をAIで自動突合し、無申告者を抽出
- リスト情報を税務署間で共有し、全国規模で調査を実施
● (2)過去分の精査
- 2021年以降の行使者データを再点検
- 必要に応じて「任意調査」または「税務調査」を実施
● (3)企業への文書照会・確認強化
- ストックオプション付与企業への照会文書送付
- 源泉徴収・届出状況の確認・改善指導
特に上場企業・スタートアップなどで制度を多用している企業には、
過去の処理を含めた確認要請が届く可能性があります。
■ 4. 企業側のリスクマネジメント ―「3つの見直しポイント」
① 社内制度の整備と文書管理
- ストックオプション付与決議、行使記録、株価算定資料を一元管理。
- 税制適格・非適格の判定資料を証拠として保存。
② 税務処理のダブルチェック体制
- 人事部門だけでなく、経理・税務顧問・証券会社の三者連携で行使処理を確認。
- 行使時に給与課税が発生する場合、即時に源泉徴収対応を実施。
③ 社員・役員への説明責任
- 「適格型」「非適格型」の違いと税務影響を社内研修で周知。
- 売却時の申告・管理方法を説明することで申告漏れリスクを低減。
■ 5. 個人側の注意点 ―「売却時の申告」を忘れずに
ストックオプションを行使した社員・役員本人にも、
以下のような注意が必要です。
- 適格型であっても、株式を売却した年に確定申告が必要
- 複数年にわたる付与・行使がある場合、取得価格・売却価格を正確に管理
- 証券会社の年間取引報告書と照合し、誤申告を防止
国税庁はAIによるデータ連携を強化しており、
「売却時の申告漏れ」は今後確実に検知される可能性があります。
■ 6. 税理士・顧問FPが果たすべき役割
ストックオプションは、
税務・労務・法務が交錯する複雑な分野です。
企業や個人がリスクを減らすためには、専門家との連携が不可欠です。
- 制度設計段階から税務上の適格性を確認
- 付与・行使・売却の各時点で税務処理をレビュー
- 社員・役員への説明資料や申告サポートを実施
AIや自動処理が進んでも、判断の最終責任は人間にあります。
「税務のブラックボックス化」を避けるため、
人の理解と継続的なチェック体制が求められます。
■ 結び ―「透明な報酬制度」こそ企業の信頼の証
ストックオプションは、
企業の成長と社員の成果を結びつける有効な報酬制度です。
しかしその信頼性は、税務上の透明性と正確性によって支えられています。
国税庁の調査厳格化は、決して「取り締まり強化」だけを意味しません。
むしろ、企業が健全なガバナンスを築くための機会と捉えるべきです。
ストックオプションを「夢の報酬」で終わらせず、
法と制度に即した“持続可能な仕組み”として育てていくこと。
それが、次の成長ステージへ進む企業に求められる姿勢です。
出典:2025年10月21日 日本経済新聞朝刊「ストックオプションで得た利益、申告・課税漏れ多発か」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
