日本企業の人事制度は、いま大きな転換点にあります。
従来の年功序列・終身雇用を前提としたメンバーシップ型から、職務を軸にしたジョブ型への移行が進む中で、多くの企業が制度設計に苦慮しています。
その中で注目されるのが、JERAの人事改革です。
単なるジョブ型導入にとどまらず、「社内転職市場」という新たな仕組みまで視野に入れた設計は、日本企業の将来像を考えるうえで示唆に富むものといえます。
本稿では、JERAの取り組みを素材として、これからの人事制度の方向性を整理します。
1国3制度からの脱却 ― 統合企業が直面する人事の壁
JERAは東京電力と中部電力の火力・燃料部門の統合によって誕生しました。
その結果、設立当初は以下の3つの人材区分が混在していました。
- 東電からの出向者
- 中部電からの出向者
- JERA独自採用人材
これにより、賃金や評価制度が異なる「1国3制度」という状態が生じていました。
この問題は、日本企業の統合・再編において典型的な課題です。
制度の違いは単なる処遇の問題にとどまらず、
- 組織の一体感の欠如
- 人材の流動性の阻害
- 評価の不透明性
といった深刻な影響を及ぼします。
JERAはこれを2024年に一本化しましたが、このプロセス自体がすでに「制度設計の再構築」という難題への対応だったといえます。
ジョブ型導入の本質 ― 報酬の市場化と職務の可視化
JERAが導入したジョブ型の特徴は、「ポジションクラス」による職務の数値化です。
これは、
- 職務内容
- 責任範囲
- 必要スキル
を基にポジションの価値を定量化し、それに応じて報酬を決定する仕組みです。
この結果、
- 同じ役職でも報酬が異なる
- 地域・部門ごとに処遇が変わる
という「報酬の市場化」が進みます。
この動きは、日本企業における以下の変化を象徴しています。
① 人材の外部市場との接続
海外人材や中途採用を前提とする場合、社内基準だけでは競争力を持てません。
② スキルの明確化
職務を定義することで、必要スキルが明確になります。
③ 成果連動の強化
報酬の一部を業績に連動させることで、組織と個人の目標が結びつきます。
一方で、業績評価指標の設計は難易度が高く、特にJERAのように
- 安定収益部門(火力)
- 市場変動型部門(燃料)
が混在する企業では、評価基準の整合性が課題となります。
メンバーシップ型の併存 ― 若手育成とのバランス
興味深いのは、JERAがメンバーシップ型を完全に廃止していない点です。
若手については、依然として
- 長期育成
- 配置転換
- 総合的な経験蓄積
といった日本型の育成モデルを維持しています。
これは、ジョブ型の弱点を補完する合理的な判断といえます。
ジョブ型は即戦力には適しますが、
- 未経験者の育成
- 長期的な能力開発
- 組織への帰属意識
といった面では限界があります。
つまり、JERAの制度は「どちらかを選ぶ」のではなく、
- 若手:メンバーシップ型
- 中堅以降:ジョブ型
というハイブリッド構造になっています。
社内転職市場という発想 ― 人材流動性の内部化
JERAがさらに踏み込もうとしているのが、「社内転職サイト」の構築です。
これは従来の社内公募とは異なり、
- 必要スキルの明示
- 募集人数の明確化
- グローバルな応募
を前提とした「社内労働市場」の形成といえます。
この仕組みの意義は大きく、以下の3点に整理できます。
① 人材流動性の可視化
社員は自分のスキルと市場ニーズを比較できます。
② スキルギャップの認識
不足している能力が明確になります。
③ 組織側の能動的採用
各部門が必要人材をスカウトできます。
これは、外部転職市場の仕組みを社内に取り込む試みです。
日本企業にとっての本質的な論点
JERAの事例から見えてくるのは、「制度の選択」ではなく「設計の問題」です。
従来の議論は、
- ジョブ型か
- メンバーシップ型か
という二項対立に偏りがちでした。
しかし実際には、
- 人材の成長段階
- 業務の特性
- グローバル競争環境
に応じて、制度を組み合わせる必要があります。
さらに重要なのは、「流動性の確保」です。
外部市場に頼るのではなく、社内に市場を作ることで、
- 人材の最適配置
- スキルの再配分
- 組織の活性化
を実現する方向性が見えます。
結論
JERAの人事改革は、日本企業の次の段階を示しています。
- 制度の統合(1国3制度の解消)
- ジョブ型による職務の明確化
- メンバーシップ型との併存
- 社内転職市場による流動性確保
これらは単独の施策ではなく、一体として機能する設計です。
今後の企業に求められるのは、「どの制度を採用するか」ではなく、「どのように組み合わせるか」です。
そしてその中心にあるのは、人材を固定するのではなく、動かすという発想です。
この転換こそが、日本企業の競争力を左右する重要なテーマになるといえるでしょう。
参考
・日本経済新聞 2026年3月19日夕刊
・JERA 横田太祐CHROインタビュー記事
・各種人事制度に関する一般的知見

