コロナ禍後の資産価格上昇やスタートアップ環境の整備を背景に、日本でも「稼いだ資本を次の成長に振り向ける人たち」が目立ち始めています。
従来の相続型の資産家とは異なり、自ら起業し、売却し、得た資金を再びスタートアップへ投じる――。いわば「シン・富裕層」の台頭です。
本稿では、この新しい資本の担い手の動きが日本経済に何をもたらすのかを整理します。
起業家からエンジェル投資家へ
近年目立つのは、事業売却(M&A)や上場を経た起業家が、エンジェル投資家として再びリスクマネーの供給者に回る動きです。
たとえば、山本敏行氏は、ビジネスチャット「Chatwork」(現クベル)の創業者として知られ、エンジェル投資家と起業家を結ぶコミュニティ「パワーエンジェルス」を立ち上げました。起業経験者がノウハウと資金を同時に提供する点が特徴です。
単なる資金提供ではなく、
- 事業戦略への助言
- 人材採用の支援
- 次の資金調達への橋渡し
といった“伴走型支援”が行われています。
資本だけでなく経験も循環する。ここが従来型の資産家との決定的な違いです。
「資産を守る」から「資産を回す」へ
これまで日本の富裕層は、
・不動産
・上場株式
・相続資産
といった「保全型」の資産形成が中心でした。
一方でシン・富裕層は、
・スタートアップ投資
・社会課題解決型事業への出資
・新産業へのシード投資
など、「価値創造型」の資本投入を志向します。
この動きは、日本の成長構造にとって重要です。なぜなら、スタートアップは金融機関からの借入だけでは十分に育たないからです。
初期段階では担保も実績も乏しく、銀行融資の対象になりにくい。だからこそリスクを取れる個人資本が不可欠になります。
格差拡大と投資文化のジレンマ
しかし、資本の目覚めは同時に格差拡大の問題も浮き彫りにします。
家計データを見ると、若年層における金融資産の上位層と下位層の差は拡大傾向にあります。資産価格の上昇局面では「持つ者」と「持たざる者」の差が加速します。
そのため、金融所得課税の強化はしばしば議論になります。
ただし、過度な課税強化はリスクテイクを萎縮させる可能性もあります。
慶應義塾大学の井手英策教授は、医療や教育など基礎的サービスが保障されている限り、投資や労働による差は一定程度許容されるべきだと指摘しています。
ポイントは、「機会の平等」を担保しながら、「成果の差」をどう扱うかという設計思想です。
米国との比較 ― エコシステムの差
米国ではエンジェル投資が巨大な市場を形成しています。
例えば、Peter Thiel氏は、Meta(旧Facebook)やSpaceXの初期投資家として知られます。成功事例が成功を呼び、次の起業家と投資家を生む「資本の連鎖」が確立されています。
日本にも「エンジェル税制」という税優遇制度はありますが、投資規模は依然として小さく、エコシステムの厚みは十分とは言えません。
成長企業が増え、
成功 → 再投資 → 次の成功
という循環が強まらなければ、構造的な成長力は高まりません。
日本型シン・富裕層はどうあるべきか
日本の場合、単なるマネーゲーム型ではなく、
- 医療・介護
- 食料・農業
- 環境・エネルギー
- 地方創生
といった社会課題型スタートアップに資本が向かう傾向があります。
これは日本的な特徴ともいえます。
短期リターンよりも社会的意義を重視する投資家が一定数存在しているからです。
今後重要なのは、
- リスクマネー供給の拡大
- 税制の安定性
- 起業経験者の再挑戦環境
- 金融リテラシー教育の強化
です。
格差是正と成長促進を対立概念にせず、「成長の果実が再び社会に戻る設計」を整えることが政策の核心になります。
結論
シン・富裕層の台頭は、日本経済にとって脅威ではなく可能性です。
重要なのは、
資本を「囲い込む」社会にするのか、
資本を「循環させる」社会にするのか。
資本が動けば、雇用が生まれ、技術が育ち、社会課題の解決が進みます。
格差の議論と同時に、リスクを取る資本の役割を冷静に評価する視点が必要です。
日本に持続的成長をもたらすのは、単なる資産の蓄積ではなく、挑戦に向かう資本の流れです。
次の成長の芽を育てられるかどうかは、その循環をどう設計するかにかかっています。
参考
・日本経済新聞「資本騒乱(4)起業や投資で稼ぐシン・富裕層」2026年2月20日朝刊
・慶應義塾大学 井手英策教授 公共財政論関連発言
・米国エンジェル投資市場統計(各種公表資料)
