日本での新規株式公開(IPO)を検討するアジアの新興企業が増えています。東京証券取引所による積極的な誘致策に加え、日本企業のアジア投資拡大も背景にあります。
これは単なる「上場場所の選択肢」の話ではありません。日本の資本市場が、アジアの成長資金循環のハブになり得るかという構造的な問いでもあります。
本稿では、アジア新興企業が日本上場に関心を示す理由と、その制度的課題を整理します。
東京証券取引所の誘致戦略
東京証券取引所は、2024年に「アジアスタートアップハブ」構想を開始しました。証券会社、銀行、監査法人などを巻き込み、外国企業の日本上場を後押しする枠組みを整備しています。
一定の企業価値や上場意欲を持つ企業を選定し、ガバナンス整備や市場理解を支援する仕組みです。いわば「オールジャパン型IPO支援モデル」です。
これは、日本市場が受け身から能動へと姿勢を変えた象徴とも言えます。
なぜ日本市場なのか
アジア企業にとって、日本市場にはいくつかの魅力があります。
第一に、地理的・時間的な近接性です。アジア企業にとって日本は文化的にもビジネス慣行的にも比較的理解しやすい市場です。
第二に、米国ほどの規模は要求されない点です。米国市場では時価総額や成長性に高いハードルが求められますが、日本は中規模企業でも上場可能な市場設計になっています。
第三に、日本企業からの戦略投資との親和性です。近年、日本企業は東南アジアのフィンテックやヘルステック企業などへ積極投資を行っています。資本関係がある企業にとって、東京市場は心理的にも制度的にも距離が近くなります。
資本を持つ日本企業と、成長力を持つアジア新興企業。この補完関係が、日本上場への関心を高めています。
制度面の選択肢と課題
外国企業が日本で上場する場合、大きく二つの選択肢があります。
一つは、日本へ本社を移転して上場する方法です。
もう一つは、日本預託証券(JDR)を上場する方法です。
1.本社移転の課題
本社を日本に移転すると、株主への課税関係が変化する場合があります。既存株主の税務負担や手続き負担が増す可能性があり、合意形成が容易ではありません。
スタートアップの株主には海外VCや創業者が含まれます。彼らの理解を得るには、税務面の明確な整理が不可欠です。
2.JDRの流動性問題
JDRは本社を移さずに日本で証券を流通させる仕組みですが、課題は流動性です。
個人投資家向けの情報開示が十分でない場合、売買が活発になりにくい傾向があります。流動性が低ければ、企業価値の適正評価が難しくなります。
市場インフラの整備は、単に制度を用意するだけでなく、「投資家側のアクセス改善」まで含めて設計する必要があります。
日本市場はアジアの成長ハブになれるか
日本は成熟市場です。しかし、資本は潤沢に存在します。一方、東南アジアの新興企業は成長余地が大きいものの、資本基盤は必ずしも強固ではありません。
この非対称性をつなぐ場所として、日本市場が機能する可能性があります。
ただし、そのためには次の三点が鍵になります。
1.税制面の明確化
2.JDRの流動性向上策
3.英語開示・情報発信の強化
制度設計と市場実務の両面から整備が進まなければ、単発事例にとどまる可能性もあります。
結論
アジア新興企業の日本上場検討は、東京市場の存在意義を再定義する動きでもあります。
国内企業のための市場から、アジアの成長資金循環を担う市場へ。日本がその役割を担えるかどうかは、制度の柔軟性と投資家基盤の拡充にかかっています。
資本市場は国力の一部です。
東京市場がアジアの選択肢となるかどうかは、今後数年の制度整備と実績の積み重ねに委ねられています。
参考
日本経済新聞 2026年2月26日朝刊
日本上場に関心示す新興
必要であれば、
・税理士視点での「クロスボーダー上場と税務論点」
・中小企業オーナー向け「海外企業投資とIPO出口設計」
・アジア資本市場比較編(東証 vs SGX vs NASDAQ)
といった派生シリーズも展開可能です。

