これまでの記事で、減損処理の基本的な仕組みと、日本基準とIFRSの違いについて解説してきました。今回は、減損処理の中でも特に注目を集める「のれん」について掘り下げます。
「のれん」とは一体何なのか? なぜ減損と関係が深いのか?
そして近年、日本企業が巨額の減損損失を計上している背景には何があるのかを、具体例を交えながら解説します。
のれんとは何か?
「のれん」とは、企業が他の会社を買収するときに発生する会計上の資産の一つです。
例えば、ある企業を買収する際、その会社の純資産(資産-負債)の価値が100億円だとします。ところが、実際に買収する価格は150億円になることがよくあります。
この「差額50億円」が「のれん」として計上されるのです。
なぜそんなことが起きるのでしょうか?
それは、その会社が持つブランド力、顧客基盤、技術力、将来の成長性といった「帳簿には載らない無形の価値」にお金を払っているからです。
つまり、「のれん」とは買収した企業の目に見えない強みを数値化したもの、と言えます。
のれんと減損処理の関係
ところが、その買収先の事業が期待どおりに成長しなかった場合、当初見込んでいたブランド力や顧客基盤の価値は失われてしまいます。
すると、「のれん」の金額は現実に合わなくなります。
このギャップを修正するために行うのが「減損処理」です。
のれんは巨額になることが多いため、一度減損処理をすると数百億円から数千億円単位の損失となり、決算に大きなインパクトを与えます。
日本基準とIFRSでの違い
のれんに関しては、日本基準とIFRSで大きな違いがあります。
- 日本基準
- のれんは原則20年以内で定期的に償却(少しずつ費用化)
- 減損の兆候があるときのみ、減損テストを実施
- IFRS
- のれんは償却しない
- 代わりに、毎年必ず減損テストを実施
この違いが何を意味するかというと、
- 日本基準は「少しずつ費用化していくため、巨額の減損リスクは相対的に小さい」
- IFRSは「普段は費用化しないが、状況が悪化すると一気に巨額の減損を計上する」
ということです。
つまり、IFRSを採用する企業は「のれん減損リスク」を常に抱えていると言えます。
実際の企業事例
電通グループのケース
電通は海外広告会社を次々と買収してきました。その結果、多額の「のれん」が貸借対照表に積み上がっていました。ところが、2024年12月期には海外事業の収益悪化が表面化し、2,000億円を超える減損損失を計上しました。
電通はIFRSを採用しているため、毎年必ず「のれんの減損テスト」を行います。事業の将来キャッシュフローを厳しく評価した結果、「当初想定していた成長力は見込めない」と判断され、大規模な減損につながったのです。
ENEOSのケース
ENEOSは東燃ゼネラル石油との経営統合の際に発生したのれんを抱えていました。2025年3月期には、減損テストに使う割引率が前期の4.8%から6.2%に上昇したことで、将来キャッシュフローの現在価値が簿価を下回り、減損損失を計上しました。
このように、のれんは経済環境の変化や金利の動向にも影響を受けるのです。
なぜ「のれん減損」が注目されるのか?
のれんの減損は、単なる数字の話ではありません。企業戦略や経営判断の成否を映し出すものだからです。
- のれんの発生 → 企業買収に積極的に取り組んだ証拠
- のれんの減損 → 買収が期待どおりに成果を出せなかった証拠
例えば、海外企業を高値で買収したものの、シナジー(相乗効果)が出ずにのれんを減損するケースは少なくありません。これは投資家からすると「経営の失敗」と受け止められやすいのです。
一方で、減損処理を早めに実施することで「現実を直視した」と評価される場合もあります。つまり、のれん減損は企業の信頼性や今後の成長戦略に対する市場の見方を大きく左右するのです。
のれんと投資家の視点
投資家がのれんに注目するのは、次のような理由からです。
- 経営の健全性を測る指標
のれんの金額が大きい企業は、買収に依存して成長していると考えられます。そこに減損が発生すれば、「買収戦略が失敗したのでは?」という疑念が生じます。 - 将来リスクの大きさ
特にIFRS採用企業では、のれんは償却されないため貸借対照表に残り続けます。そのため、将来的に巨額の減損が起きるリスクが常につきまといます。 - 株価への影響
巨額ののれん減損は一気に最終赤字をもたらすことがあり、株価に大きな影響を与える可能性があります。
まとめ:のれん減損は経営の通信簿
- のれんとは、企業買収時に純資産以上の価値を支払ったときに発生する無形資産
- 日本基準は償却+減損テスト(兆候がある場合のみ)
- IFRSは償却なし+必ず毎年減損テスト → 巨額減損につながりやすい
- 実際に電通やENEOSなどで巨額ののれん減損が発生
- 投資家にとって、のれん減損は「経営判断の成否」を映す重要なサイン
のれんは企業の成長戦略そのものを反映している資産です。だからこそ、減損が計上されたときには「なぜ買収がうまくいかなかったのか」「経営環境がどう変化したのか」に注目すると、企業の本当の姿が見えてきます。
📌 参考:日本経済新聞(2025年9月18日付)
👉 次回(第4回)は「金利と減損の関係」をテーマに解説します。
金利が上昇すると割引率が高くなり、減損が発生しやすくなるメカニズムについて掘り下げます。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
