相続税の話題に触れると、「うちは関係ない」「資産家の話でしょう」と感じる方は少なくありません。しかし近年、その認識は少しずつ現実とずれ始めています。
実際には、特別にぜいたくな暮らしをしてきたわけではなくても、相続税の課税対象になるケースが増えています。その背景には、制度改正と資産価格の上昇という、個人ではコントロールできない要因が重なっています。
今回は、相続税の課税対象がなぜここまで広がったのかを、制度と経済環境の両面から整理します。
2015年の基礎控除縮小が与えた影響
相続税の課税範囲が広がった最大のきっかけは、2015年の税制改正です。
それまでの基礎控除は「5000万円+法定相続人1人あたり1000万円」でした。配偶者と子ども2人がいる家庭であれば、8000万円までは相続税がかからなかったことになります。
この基礎控除が、2015年以降は「3000万円+法定相続人1人あたり600万円」に引き下げられました。同じ家族構成でも控除額は4800万円となり、以前より3200万円も少なくなりました。
この変更により、相続税は一気に「身近な税」になりました。
特に都市部では、自宅と多少の預貯金を持っているだけで、控除額を超えてしまうケースが珍しくなくなっています。
地価上昇が評価額を押し上げる仕組み
もう一つの大きな要因が、地価の上昇です。
相続税では、不動産は原則として「時価」を基に評価されます。ただし、実際の評価には路線価が用いられます。路線価は毎年見直されており、地価の上昇局面では評価額も自動的に上がっていきます。
この10年ほど、特に都市部では路線価が大きく上昇しました。
同じ土地、同じ建物であっても、評価額が1.5倍近くになっている地域もあります。本人の生活水準や収入が変わらなくても、相続税の計算上の財産価値だけが膨らむ現象が起きているのです。
この点に、理不尽さを感じる方も少なくありません。
「長年住み続けてきただけなのに、なぜ税負担が重くなるのか」という疑問は、極めて自然なものです。
株価上昇と金融資産の増加
不動産だけでなく、金融資産の増加も相続税の課税対象拡大に影響しています。
日本の株価は長期的にみれば上昇基調にあり、投資信託や株式を保有している世帯では、知らないうちに資産評価額が膨らんでいるケースがあります。
特に注意が必要なのは、金融資産は評価が明確で、かつ分割しやすいという点です。
不動産と違い、「評価を下げる余地」がほとんどありません。そのため、現預金や有価証券の比率が高いほど、相続税の課税ベースにそのまま反映されやすくなります。
現在では、相続財産の半分以上を金融資産が占めるケースも珍しくなくなりました。これも、課税対象が広がる一因となっています。
少子化がもたらす「1人あたり相続額」の増加
制度改正や資産価格の上昇に加え、見落とされがちなのが少子化の影響です。
かつては、相続人が3人、4人いることが一般的でした。しかし現在では、配偶者と子1人、あるいは子どもがいないというケースも増えています。
相続人の数が減ると、1人あたりが受け取る財産は増えます。
その結果、基礎控除を超えやすくなり、税率も高くなりやすくなります。これは、本人の努力や判断とは無関係に起こる構造的な変化です。
都市部に集中する課税の現実
相続税が課税される割合を地域別に見ると、都市部に集中していることが分かります。
東京、神奈川、愛知、大阪などでは、相続税が課税される割合が1割を超えています。一方、地方では依然として課税割合は低めです。
この差は、生活水準の違いというよりも、地価と資産価格の差によるものです。
都市部で長年暮らしてきたというだけで、相続税のリスクが高まるという構造ができあがっています。
「知らなかった」では済まされない時代へ
相続税は、相続が発生して初めて意識する方が多い税金です。しかし、制度や環境の変化により、「気づいたときには手遅れ」というケースも増えています。
重要なのは、相続税が課税されるかどうかは、特別な資産家かどうかでは決まらないという点です。
制度改正、資産価格、家族構成という要因が重なれば、誰にでも起こり得る問題になっています。
結論
相続税の課税対象が広がった理由は、個人の行動というより、制度と社会環境の変化にあります。
基礎控除の縮小、地価や株価の上昇、少子化による相続人減少――これらが同時に進んだ結果、相続税は「一部の人の税」ではなくなりました。
まず必要なのは、不安をあおることでも、過度な節税策に走ることでもありません。
制度の仕組みを正しく知り、自分の状況を冷静に見直すことが、大相続時代を迎えた今の第一歩と言えるでしょう。
参考
・日本経済新聞「大相続時代、広がる課税の裾野」(2025年12月16日朝刊)
・国税庁「相続税の申告状況について」
・財務省 税制改正資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
