事業承継の成否を決める最大の要素は「後継者が適切に選ばれ、しっかり育っているかどうか」です。税務対策や自社株の評価額は、あくまで数値であり、専門家のサポートを受けながら調整することができます。一方、後継者育成は時間をかけて積み重ねるしかなく、短期間で身につけられるものではありません。
後継者が経営を担える状態に育っている企業は、多少の経営課題や外部環境の変化があっても乗り越えることができます。しかし、後継者育成が不十分な企業は、社長交代後の数年間で組織が混乱し、取引先が離れ、金融機関との信頼関係も揺らぎ、結果として長年続いた会社が衰退してしまうこともあります。
本稿では「なぜ後継者育成が最重要なのか」「後継者をどう選び、どう育成していけばよいのか」について、実務的な視点から整理していきます。
1. 経営者に求められる役割は多岐にわたり、代わりが効かない
中小企業の社長は、経営判断のほかにも次のような多くの役割を担っています。
- 主要取引先との折衝
- 金融機関との関係構築
- 採用や人事の最終決定
- 社員教育
- クレーム対応
- 新規事業や投資の意思決定
- 社内のトラブル対応
- 会社全体の方向性の提示
これらすべてを一度に後継者へ渡すことはできません。
経営者の役割は「引き継ぐ項目の数」が多いだけでなく、属人的な経験や信頼関係で成り立っている部分も多いため、引継ぎにはどうしても時間がかかります。
後継者育成が数年単位になる理由はここにあります。
2. 後継候補の選定は「血縁」だけでは決められない
日本では家族内承継が中心であるため、後継者=子どもという発想が根強く残っています。しかし、これからの承継では「家族内承継」かどうかよりも、「適性があるかどうか」が重視されるべきです。
適性判断で重要なのは次のポイントです。
- 経営に対する興味・意欲
- 学習する姿勢と吸収力
- 人とのコミュニケーション能力
- 判断力・分析力
- 会社の理念や価値観と合うか
- 社員からの信頼を得られるか
- 対外的な信用(金融機関・取引先)
血縁であろうとなかろうと、これらを満たす人物が後継候補になります。
社内幹部が適任であるケースもあれば、外部から招く方がスムーズに承継できるケースもあります。
重要なのは「家族であるかどうか」ではなく、
会社の未来を任せられる人材かどうか
という一点です。
3. 後継者育成には“3〜5年”では足りないこともある
後継者育成には最低でも3〜5年、理想的には5〜10年かけるべきだといわれています。
その理由は、後継者に必要な能力が多岐にわたり、「数ヶ月の研修」で身につくものではないからです。
育成期間で経験させるべき代表的な項目は次の通りです。
【① 現場の理解】
現場を知らない経営者は経営判断ができません。入社後に現場部門を経験させ、実務の基礎を身につけます。
【② 数値管理能力の習得】
損益計算書、貸借対照表、キャッシュフローを理解し、「経営数字に強い後継者」に育てることが重要です。
【③ 社員との関係構築】
社員からの信頼がなければ、組織は動きません。人柄、姿勢、コミュニケーションが極めて重要です。
【④ 主要取引先・金融機関との関係引継ぎ】
取引先や銀行は「会社」ではなく「社長」を見て取引することがあります。関係の引継ぎには時間を要します。
【⑤ 経営判断の経験】
小規模プロジェクトの責任者を任せるなど、実際に意思決定する機会を与えることが重要です。
これらを計画的に経験させ、大きな判断力を育てていくには、どうしても年単位の時間が必要になります。
4. 後継者が孤立すると会社は崩れる
後継者育成で最も避けるべきなのは、「後継者が社内で孤立する」状態です。
孤立の典型的なパターンは次のようなものです。
- 社員が先代ばかりを見る(後継者が権威を持てない)
- 幹部社員が後継者をサポートしない
- 一部の古参社員が後継者に反発する
- 先代が口を出し続け、後継者が主体性を持てない
こうした状況は、後継者本人だけでなく、組織全体を疲弊させます。
後継者が孤立したまま社長に就任すると、経営判断が誰にも理解されず、社員の離反を招くこともあります。
逆に、後継者が早い段階から社員と関係を築き、先代と一体となって会社の方向性を示していく企業では、スムーズな承継が実現します。
5. 後継者育成は「現社長が責任を持って行う仕事」
後継者育成は、後継者本人だけに任せるものではありません。
現社長が主導し、次のような仕組みを整える必要があります。
- 後継者の育成計画書を作成する
- 幹部に後継者を支える役割を伝える
- 取引先・銀行に後継者を丁寧に紹介する
- 後継者へ段階的に仕事を渡す
- 権限移譲のスケジュールを作る
- 失敗しても成長の機会として支える
特に重要なのは、
先代が後継者を公の場で支援し、権威を与えること
です。
これにより、社員や取引先は「正式な後継者」であると認識し、組織全体が次世代への移行に向かって動き始めます。
結論
後継者の選定と育成は、事業承継の中心的テーマです。税務対策がどれほど適切でも、後継者が育っていなければ事業承継は成立しません。後継者の適性を見極め、段階的な育成計画をつくり、社内外の信頼関係を丁寧に築くことが、会社の未来を守るための最も重要な取り組みです。
次回は、後継者だけでは会社を支えられないという観点から、「次世代経営チームの構築」と「権限移譲の進め方」を詳しく解説します。
出典
・日本経済新聞「事業承継の本質は経営承継にあり」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
