浅草寺まで徒歩8分、東京タワーの真下、渋谷の裏通り。
こうした立地の良い民泊が、いま東京で静かに市場を塗り替えつつあります。
1泊3万円を超える「高級民泊」が増え、
その割合はすでに東京23区で22%(2024年8月時点)に達しました。
5年前には6%に過ぎなかったこの価格帯が、いまや“主流の一角”です。
■ 民泊の「高級化」が進む東京市場
浅草の一軒家民泊では、1泊7.5万円でも週末は満室。
家族旅行だけでなく、1〜2名の短期滞在で利用するケースも増えています。
運営する地元工務店の代表はこう話します。
「都心でホテルを探すより、自分のペースで過ごせる民泊を選ぶ外国人が増えている。来年は1泊9万円でも予約は入ると思う」
米調査会社AirDNAによると、
港区・千代田区・渋谷区・中央区・台東区が特に高価格帯の中心。
港区では3万円以上の民泊が全体の38%を占めています。
ブルガリホテルなど高級ホテルが林立するエリアと、
街歩き観光が盛んな下町エリア――。
真逆の土地柄の両方で“高級民泊”が共存しているのが東京の特徴です。
■ 「課税されない高額宿泊」への違和感
ところが、こうした高額民泊の多くは宿泊税の課税対象外です。
東京都の宿泊税(2002年導入)は、旅館業法上のホテル・旅館を想定した制度。
2018年の「住宅宿泊事業法(民泊新法)」に基づく新法民泊は、
そもそも制度上の対象に入っていません。
その結果――
1泊5万円を超える宿泊でも課税ゼロというケースが生じています。
都内のホテル関係者はこう語ります。
「同じ宿泊業で、サービスも価格もほぼ変わらないのに、税だけ違うのは不公平だ」
観光庁の統計でも、外国人観光客の宿泊先として民泊を選ぶ割合は年々上昇。
“税の抜け道”と見られる構造を放置すれば、
制度そのものへの信頼が揺らぐ懸念があります。
■ 行政・業界が求める「公平な課税」
都が9月に開いた意見交換会では、
日本ホテル協会・東京支部長(ホテルオークラ東京会長)の成瀬正治氏が
「民泊も当然課税対象とすべき」と明言。
また、全国最多の民泊施設を抱える新宿区の吉住健一区長は、
「監督や苦情対応に多くのコストがかかっている。
課税分を地域対応に還元できれば住民の理解も進む」と語りました。
つまり、「公平な課税」とは単に税率を揃えることではなく、
地域負担の公平化を意味します。
■ 現場の壁 ― システム・コスト・データ
一方で、民泊事業者側には現実的な課題があります。
- 宿泊人数の把握が難しい
- 複数の予約サイトを併用しており、売上データの統合が煩雑
- 新しい課税システムの導入コストが高い
都の調査でも、事業者の多くが「事務負担の増加」を懸念。
制度改正には、デジタル連携による自動課税の整備が不可欠です。
前回の記事「観光×デジタル化編」で触れたように、
AIやAPI接続によって予約データを自動収集・集計する仕組みが整えば、
課税の公平性と実務効率の両立が見えてきます。
■ 制度の再設計へ ― “実態に即した税”を
東京都は年内にも宿泊税見直しの素案を公表予定。
焦点は次の3点です。
- 高級民泊を課税対象に含めるか
- 現行の定額制(100〜200円)を定率制へ移行するか
- デジタル課税の導入時期と実施方法
制度導入から20年。
“想定外の宿泊形態”が生まれた今こそ、
宿泊税を「観光の量ではなく、質に応じて設計し直す」転換点です。
■ 取材後記 ― 税は「線引き」ではなく「つながり」
今回の議論について感じるのは、
宿泊税の問題は“課税するか否か”ではなく、
“誰が地域を支えるか”という視点にあるということです。
観光地の清掃、生活道路の混雑対策、文化財の維持――
これらはすべて、宿泊という行為の延長線上にあります。
稼ぐ観光から、支える観光へ。
その転換点に立つのが「宿泊税見直し」なのかもしれません。
出典:2025年10月24日 日本経済新聞
「宿泊税でみる東京観光(中) 高級民泊増、見直し議論に」
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO92121890T21C25A0L83000
ほか、観光庁・東京都公開資料を参考に再構成
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

