「取引先が1年以上支払ってくれない」
「もう回収は無理そうだから貸倒にしたい」
そんなとき、税務上よく出てくるキーワードが――
💡 『1円ルール(備忘価額)』です。
「たった1円残す」と聞くと、何だか不思議な話ですよね。
でもこの“1円”には、きちんとした税務上の意味があります。
1.「形式上の貸倒れ」って何?
まずおさらいです。
貸倒損失には3つのパターンがありましたね。
| 種類 | 内容 | 主なケース |
|---|---|---|
| ① 法律上の貸倒れ | 法的に債権が消滅 | 再生計画・特別清算など |
| ② 事実上の貸倒れ | 経済的に回収不能 | 破産・倒産・行方不明など |
| ③ 形式上の貸倒れ | 売掛金で1年以上弁済なし | 継続取引先の支払停止など |
このうち「形式上の貸倒れ」は、売掛金にだけ認められる特例です。
(貸付金や未収入金などには使えません。)
つまり、売掛債権について――
取引を停止してから1年以上経っても支払いがない
かつ担保も保証もない
このとき、損金として計上してOK、というルールです。
2.なぜ「1円を残す」の?
ここで登場するのが「1円ルール」です。
形式上の貸倒れは、「あくまで法律上は債権が生きている」扱い。
完全に消した(=ゼロにした)わけではなく、
帳簿上“ある”けれど“回収不能とみなす”という特例です。
だからこそ、帳簿上には「わずかに存在している」という形を残す必要がある――
それが、備忘価額1円という考え方です。
💬 この“1円”は、「まだ債権の記録を閉じていませんよ」という証拠。
もし後日、少額でも回収できたときに、きちんと益金処理するためのものです。
3.実務での処理イメージ
たとえば、ある取引先A社に売掛金10万円が残っていたとします。
支払いが止まって1年以上。取引も終了。担保もなし。
このときの処理は次のようになります。
| 処理内容 | 金額 | 摘要 |
|---|---|---|
| 貸倒損失 / 売掛金 | 99,999円 | 形式上の貸倒れ |
| 売掛金 / 雑収入 | 1円 | 備忘価額として残す |
→ 結果として、帳簿には「売掛金1円」が残ります。
もし後日、奇跡的に5,000円が入金されたら?
→ その5,000円は「雑収入」として益金算入。
(残した1円の意味がここで生きます。)
4.「1円を残していない」とどうなる?
実務では、この“1円を残していない”ことが、税務調査で指摘されることがあります。
🔸 よくある指摘
「帳簿から完全に消してしまっているので、形式上の貸倒れではなく“債権放棄”とみなされます」
つまり、形式要件を満たしていないため、損金として認められないリスクがあります。
税務署が重視するのは「形式」です。
金額の大小ではなく、“1円でも残したか”という帳簿処理のルールがポイントです。
5.貸倒処理のときに見落としがちな注意点
- 売掛金にしか使えない(貸付金・未収入金は対象外)
- 取引停止後1年以上経過が条件(短すぎるとNG)
- 担保がある場合は不可(回収見込みありとみなされる)
- 1円の備忘価額を残すことが必須
- 損金経理をその年度内で行うこと(翌期持ち越しはNG)
6.中小企業・個人事業での実務アドバイス
中小企業や個人事業では、「売掛金をそのまま放置」してしまうケースが少なくありません。
しかし、適切に貸倒処理をしておけば、税金の負担を軽減できます。
📘 ポイントは「ルールを守った証拠づくり」。
・督促の記録(メール・電話メモなど)
・取引停止の時期
・備忘価額の処理記録
をしっかり残しておけば、安心です。
7.まとめ:1円に込められた“実務の知恵”
「1円なんて意味あるの?」と思う方も多いでしょう。
でも、その1円こそが――
「形式的に債権は残っているが、実質的には回収不能」
という、税法上の“線引き”を示すシンボルなのです。
だからこそ、形式上の貸倒れ=1円を残す。
このルールを守ることで、正しく損金にでき、後日のトラブルも防げます。
📚 参考資料
- 東京税理士会「令和7年度 第4回会員研修会資料」講師:太田達也氏『貸倒損失と修繕費・資本的支出等の実務』(2025年4月21日)
- 国税庁質疑応答事例「担保物がある場合の貸倒れ」
💬 次回予告(シリーズ番外編)
👉 「修繕費と資本的支出の違いを見極める」
― 同じ“支出”でも、経費にできるもの・できないもの。その境界線を図解で解説します。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
