企業統治の制度改革が進むなかで、日本企業では「監査等委員会設置会社」への移行が急増しています。
形式としてはガバナンス強化の流れに沿った動きですが、その実効性は制度の“器”ではなく、“中身”にかかっています。
とりわけ見落とされがちなのが、内部監査機能の位置づけです。
本稿では、監査制度の構造的な違いを整理しながら、「守りのガバナンス」を支える内部監査の再設計について考察します。
監査等委員会設置会社とは何か
監査等委員会設置会社は、2015年の会社法改正により創設された制度です。
取締役会の内部に監査等委員会を置き、社外取締役を中心とした監督体制を構築することを想定しています。
従来の監査役会設置会社と比較すると、
- 取締役会の中で監督機能を完結させる構造
- 監督と執行の分離を明確化
- 迅速な意思決定と監督強化の両立を志向
といった特徴があります。
制度設計としては、いわば「攻め」と「守り」を同時に高めることを目的とした仕組みです。
しかし、問題はこの制度が前提とする“監督インフラ”が十分に整っているかどうかです。
米国型ガバナンスとの決定的な違い
米国の委員会型ガバナンスでは、監査委員会が強い監督機能を持ちます。
ただし、その土台には強固な内部監査部門が存在しています。
米国型の特徴は次のとおりです。
- 内部監査部門が高い専門性と独立性を持つ
- 監査委員は主に非常勤の社外取締役
- 実務レベルの適法性・効率性の検証は内部監査が担う
- 監査委員会は経営トップへの監督に集中できる
つまり、内部監査が強力であるからこそ、社外中心の委員会型が機能するのです。
一方、日本の伝統的な監査役制度は、常勤監査役が実地監査を行い、現場に深く入り込む構造でした。
内部監査部門は多くの場合、執行部門の一部として位置づけられ、独立性や権限は必ずしも十分とは言えません。
ここに、制度移行時のリスクが潜んでいます。
起こり得る「守りの空白」
監査等委員会へ移行した場合、
- 監査役は廃止される
- 監査等委員は非常勤の社外取締役が中心
- 内部監査は従来の体制のまま
という状態になればどうなるでしょうか。
常勤監査役という“現場型の番人”を失い、
その代わりとなる内部監査機能も十分に強化されていない。
結果として、
「監督は強化したはずなのに、実質的なチェック機能は弱体化した」
という逆転現象が起こる可能性があります。
これはまさに「守りのガバナンス」に空白が生じる状態です。
内部監査の再設計が問われる理由
監査等委員会が本来の役割に集中するためには、
- 内部監査部門の独立性の確保
- 監査対象へのアクセス権限の明確化
- 専門人材の育成・確保
- 取締役会・監査等委員会との直接的なレポートライン
といった再設計が不可欠です。
形式的な移行ではなく、内部監査を「監督インフラ」として再構築する必要があります。
特に日本企業では、内部監査がコンプライアンス確認にとどまり、
経営リスクや戦略の妥当性にまで踏み込めていないケースも少なくありません。
しかし、環境変化が激しい現代においては、
- M&Aリスク
- サイバーリスク
- 税務リスク
- 海外子会社管理リスク
など、監督対象は高度化・複雑化しています。
内部監査がこれらに対応できなければ、監査等委員会も十分に機能しません。
攻めのガバナンスと守りの実効性
監査等委員会への移行は、本来「攻めのガバナンス」の一環です。
迅速な意思決定を可能にし、経営の機動力を高めることが目的です。
しかし、攻めを支えるのは強固な守りです。
守りとは単なるコンプライアンスではありません。
不正の予防、リスクの早期発見、内部統制の高度化という“経営基盤”そのものです。
制度は器にすぎません。
実効性を決めるのは、その中身を支える内部監査の質と独立性です。
結論
監査等委員会設置会社への移行は、日本企業にとって重要なガバナンス改革です。
しかし、内部監査機能の再設計を伴わない制度移行は、「守りの空白」を生む危険を内包しています。
攻めのガバナンスを機能させるためには、
まず守りのインフラを強化することが前提です。
今後問われるのは、
制度を導入したかどうかではなく、
内部監査が経営監督を支える実効的な基盤となっているかどうかです。
ガバナンス改革の成否は、まさにその一点にかかっているといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年2月17日夕刊
「守りのガバナンス」と内部監査(十字路)

