2025年春、金融庁が導入する新しい監督指針により、保険代理店が特定の商品を推奨することが原則禁止されます。
これまでのように「この保険がおすすめですよ」という言葉だけでは、業法上のリスクを伴う時代になります。
この制度改正は、FP(ファイナンシャル・プランナー)や保険募集人にとって“逆風”にも“追い風”にもなり得ます。
鍵となるのは、「顧客の意向をいかに把握し、見える化できるか」です。
◆1. 改正の核心 ― “顧客本位”の実質化
従来のルールでは、代理店が特定商品を推奨すること自体は容認されていました。
ただし「推奨理由を説明すれば良い」という“抜け道”が存在したのです。
新指針ではこの規定が削除され、
「顧客の意向に基づいて最適な商品を提案する」
あるいは
「複数商品を提示し、顧客に選択させる」
ことが明確に義務化されます。
つまり、顧客が自ら判断できる材料をFPが提供する責任が明確に求められるということです。
◆2. 顧客意向把握のポイント ― 「言葉」より「構造化」
金融庁が想定している“顧客意向の把握”とは、単なるヒアリングではありません。
FP実務では、以下のような構造化された意向確認プロセスが求められます。
| ステップ | 内容 | 実務のポイント |
|---|---|---|
| ① ニーズ把握 | 家族構成・ライフプラン・保障目的などを整理 | 「万一に備えたい」「教育費を守りたい」など目的ベースで聞く |
| ② 重要項目の提示 | 顧客が重視しそうな比較要素(保険料・保障範囲・解約返戻金など)を例示 | 選択肢を“提示”することが重要。販売側が誘導しない |
| ③ 意向の明文化 | 顧客が何を優先したかを文書化し、署名またはデジタル記録 | 面談・Web相談いずれもログ管理を徹底 |
| ④ 提案・比較説明 | 複数の商品を比較し、顧客意向との整合性を説明 | 「なぜこの商品を提案したか」を記録に残す |
| ⑤ フィードバック | 提案後の理解度・納得度を確認 | 契約成立のためではなく、顧客満足の確認として位置づける |
このように、FPは顧客の「言語化されない意向」を形式知化する役割を担う必要があります。
◆3. 実務上の対応 ― “デジタル+対話”の融合
保険代理店・FP事務所に求められるのは、教育と同時にデジタル化対応です。
人手だけで意向を正確に把握・記録するのは現実的ではありません。
今後有効になるのは次のような仕組みです。
- 意向把握ツールの導入
顧客アンケートをもとに、AIがニーズを分析し複数商品をマッチング。
「顧客意向→商品提案→比較説明→記録」までを自動化。 - CRM連携(顧客管理システム)
面談記録、ヒアリング結果、提案履歴を時系列で一元管理。
後日の監査にも対応可能。 - 説明資料の電子化
顧客向け比較シートをPDFやクラウドで共有。
「特定商品を推した形跡がない」ことを裏付ける証跡にもなる。
こうした“記録に残るプロセス設計”が、今後の保険・FP業務における信頼の基盤になります。
◆4. 提案型FPの進化 ― 「選ばせる」から「伴走する」へ
これまでのFP業務は、「商品の説明と比較」で完結することが多くありました。
しかし、新ルール下では“選ばせる”だけでなく、
「なぜそれを選んだのか」「どう活用するのか」
を共に考える伴走型コンサルティングが重視されます。
たとえば、生命保険を提案する際も単なる「死亡保障額」ではなく、
- ライフプラン全体における保障の位置づけ
- 公的保障・企業保障との重複や不足
- 老後資金・医療費リスクとのバランス
といった視点で、顧客と一緒に「納得の形」を設計することが求められます。
◆5. 今後の展望 ― “比較・可視化”を制する者が信頼を得る
金融庁が求める「顧客本位」は、単なる倫理規範ではなく業務品質の指標になります。
FPにとっては、
- 顧客意向を体系的に記録・説明できる体制
- 複数商品を中立的に比較できる仕組み
が整っているかどうかが、信頼を得る分岐点となるでしょう。
中立性と専門性を両立できるFPこそ、改正後の保険市場で最も強い存在になるはずです。
◆まとめ ― 「顧客の意向」をFPが翻訳する時代
顧客の意向は、必ずしも明確な言葉では表現されません。
FPの役割は、それを丁寧に聞き取り、数値・設計・選択肢に翻訳すること。
そして、透明性のある提案プロセスで“納得”を共有することです。
「顧客本位」の実践とは、法律遵守ではなく信頼構築の技術そのもの。
今回の改正は、FPがその真価を問われる絶好のタイミングといえるでしょう。
出典:
2025年10月22日 日本経済新聞朝刊「特定の保険商品、推奨禁止」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
