トランプ政権は、人工知能の覇権確立を国家戦略の中核に据えています。その狙いは、単なる産業競争力の強化にとどまりません。AIを通じて、米国の通貨覇権、すなわちドル基軸通貨体制を維持・強化するという、より大きな戦略が見え始めています。
本稿では、AI覇権とドル覇権を結びつける構想の背景と、その構造的なリスク、そして日本や世界経済への含意を整理します。
AIスタック輸出という新たな覇権モデル
トランプ政権は、半導体、データセンター、クラウド、AIサービスまでを一体化した、いわゆるAIスタック全体を輸出する戦略へと舵を切っています。これは、単一製品の輸出ではなく、産業インフラそのものを米国主導で世界に展開するモデルです。
バイデン政権期には、中国への技術流出を防ぐため、輸出規制による囲い込みが重視されてきました。これに対し、トランプ政権は発想を転換し、積極輸出によって世界市場を押さえる方針を打ち出しています。
米国の主要AI企業も、民主主義的価値観に基づくAI基盤を米国が主導すべきだと政府に働きかけています。これは価値観の問題であると同時に、事実上の標準化戦略でもあります。世界のAI基盤を米国仕様にすることで、長期的な支配力を確保する狙いです。
ペトロダラーになぞらえるAIドル構想
注目すべきは、AI覇権とドル覇権を結びつける構想です。1970年代以降、原油取引がドル建てで行われるペトロダラー体制は、ドルの基軸通貨としての地位を支えてきました。
現在、米国では、これと類似した形で、AI関連取引をドル決済に限定するという構想が議論されています。AI半導体や関連サービスの取引において、ドル決済を条件とすることで、AIの成長とともにドル需要を高める狙いです。
これは、技術覇権を通貨覇権の維持に直結させる、新しい形の通貨戦略といえます。AIが世界経済の基盤になればなるほど、ドル決済の比重が高まり、ドルの国際的地位を補強する効果が期待されます。
ドル高と産業空洞化というジレンマ
しかし、この戦略は矛盾もはらみます。ドル決済需要が高まれば、ドル高圧力が強まりやすくなります。基軸通貨は構造的に実力以上に高く評価されやすく、その結果、輸出産業の競争力が低下する傾向があります。
これは、過去に米国が直面してきた製造業の空洞化問題と重なります。トランプ政権が掲げる製造業復活と、ドル覇権維持は、構造的には緊張関係にあります。
さらに、ドル高は新興国にとって資金調達コストの上昇をもたらし、世界経済の不安定要因となる可能性もあります。AIを軸にしたドル覇権戦略は、米国にとって短期的には有利でも、中長期的には世界経済全体に新たな歪みを生むリスクを伴います。
中国・新興国との覇権競争
中国は人民元建て取引を拡大し、ドル依存の低下を進めています。エネルギー分野に続き、将来的にデジタル経済やAI分野でも通貨覇権を巡る競争が激化する可能性があります。
米国は、AIという次世代産業の中核分野で主導権を握ることで、通貨・金融面でも優位を維持しようとしています。これは、単なる技術競争ではなく、国際通貨体制そのものを巡る戦いの側面を持っています。
結論
トランプ政権のAI覇権戦略は、産業政策と通貨戦略を結びつけた、極めて戦略的な構想です。AIを通じて世界経済の基盤を押さえ、ドル基軸通貨体制を延命・強化するという狙いは、短期的には合理的に見えます。
一方で、ドル高による産業空洞化、国際経済の不安定化、そして中国をはじめとする対抗勢力との摩擦拡大という、構造的なリスクも同時に抱えています。
AI覇権は、単なる技術競争ではありません。それは、通貨、産業、地政学を巻き込んだ新しい覇権争いの中核であり、その帰結は、米国だけでなく、日本や世界経済の行方にも大きな影響を与えることになります。
参考
日本経済新聞 変容・米国覇権 トランプ政権1年 AI支配 ドル覇権維持狙う
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

