生成AIの普及やDXの進展によって、企業経営における「デジタル活用」は新たな段階に入っています。多くの企業が業務効率化やコスト削減を目的にシステム導入を進めてきましたが、その一方で「デジタル化したはずなのに競争力が高まらない」「現場の強みが見えにくくなった」といった声も少なくありません。
AI時代の企業戦略において、単なるデジタル化と競争力強化の分かれ目はどこにあるのか。本稿では「知識の拡大再生産」という視点から、日本企業が進むべきDXの方向性を整理します。
DXが目的化することで失われるもの
日本では2018年以降、DXは「業務プロセスを刷新する経営課題」として急速に広がりました。しかし現実には、システム導入や統合そのものが目的化し、企業固有の強みが埋没するケースも見られます。
特に製造業では、工場ごと・工程ごとに培われてきたノウハウや改善の積み重ねが、統一された評価軸や画一的なシステムの下で扱いにくくなる傾向があります。結果として、現場の創意工夫が活かされにくくなり、競争力の源泉であったはずの知見が徐々に失われていくリスクが高まります。
統合システムの限界と日本の製造現場
情報システムの世界では、規模の大きな統合システムが優位に立ちやすく、小さなシステムはその流儀に従わざるを得ません。互換性や運用効率を優先する結果、部門や現場ごとの個別最適は後回しにされがちです。
日本の製造業において生産管理システムのDXが進みにくい背景には、こうした「個別性」があります。製品特性、工程構成、自動化の度合いなどが工場ごとに異なるため、トップダウン型の統合アーキテクチャーでは対応しきれないのです。
システム・オブ・システムズという選択肢
こうした課題に対する一つの解として注目されているのが、システム・オブ・システムズ(SoS)という考え方です。
SoSでは、すでに最適化されている複数のシステムを無理に一体化するのではなく、必要な統制を保ちながら連携させることを重視します。全社で共通化すべき部分と、現場ごとに自由度を残す部分を切り分けることで、統合と多様性を両立させるアプローチです。
生成AIを含む新たなデジタル技術の進展により、こうした柔軟な構成は、特別な大規模開発に限らず一般企業でも現実的な選択肢になりつつあります。
ディープデータを競争力に変える視点
AI時代のDXで重要となるのが、企業内部に蓄積された「ディープデータ」の扱いです。これは生産現場や開発現場で日々生み出される、秘匿性が高く、外部からは得られないデータを指します。
ディープデータはさらに、事象データと知識データに分けて考えることができます。事象データとは出来事や結果そのもの、知識データとはそれを解釈し、再利用可能な形にしたものです。企業活動とは、事象データを知識データへと変換し続けるプロセスであり、この変換効率こそが競争力を左右します。
人が担う「知識の循環」をどう設計するか
知識の拡大再生産を実現するには、人材の役割も重要です。
一つは、現場のアナログな実態をデジタル視点で捉え直すことができる「デジタル化人財」です。現地・現物・現実を理解したうえで、データ化の意味を考えられる存在が、知識の質を高めます。
もう一つは、データを仕組みとして機能させる「システム化人財」です。部門間のデータ連携やプラットフォーム整備を担い、知識が組織内で循環・再利用される基盤を構築します。
両者が分断されずに連携することで、知識は属人化せず、企業全体の資産へと転換されていきます。
自律分散と「ゆるやかな標準」
統制のとれた自律分散型システムを運用するためには、データ活用基盤と「ゆるやかな標準」が欠かせません。用語やコードの最低限の統一、セキュリティーやトレーサビリティーの確保といった基盤整備を行いつつ、標準そのものを固定化しないことが重要です。
標準は完成形ではなく、業務の成熟度に応じて進化するものと位置づけることで、現場の知見が自然に組み込まれていきます。
結論
AI時代の企業戦略において重要なのは、デジタル化そのものではなく、知識をいかに拡大再生産できるかです。現場で生まれる知見を尊重し、それをデータと仕組みを通じて循環させることが、持続的な競争力につながります。
現地・現物・現実を起点とした知識の蓄積と再利用が繰り返される組織は、どのような技術革新が訪れても柔軟に対応できるはずです。AIは目的ではなく、その循環を支えるための手段であることを、改めて意識する必要があります。
参考
・日本経済新聞「AI時代の企業戦略(中) 知識の拡大再生産が重要」西岡靖之・法政大学教授
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
