前回の記事では、米国の実証研究から「AI導入が20代の雇用減少につながっている」ことを紹介しました。
ただし、AIの影響は単純に「減る」だけではありません。細かく見ていくと、AIが人の仕事を減らす領域と、逆に増やす領域が同時に存在するのです。
この不思議な現象を理解するために欠かせないのが、ここ数年の研究で確認されてきた「AIによる生産性の収斂(しゅうれん)」という考え方です。
減る仕事と増える仕事
米国の研究では、AIで自動化できる業務では若年層の雇用が減少しました。たとえば定型的なデータ処理や、顧客からの問い合わせに対する基本的な回答などです。
一方で、AI導入後も人が介在し続ける業務では雇用が増加していることが確認されました。顧客との関係性構築、複雑な案件対応、創造的なマーケティング企画など、AIが「補助」にとどまる領域です。
つまりAIは「人を丸ごと置き換える」のではなく、業務の性質ごとに影響が分かれるのです。
「60点を85点にするAI」
このメカニズムを説明するのが「生産性の収斂」という概念です。代表例はコールセンターの研究です。
- 熟練オペレーター(85点の人):AI導入後も生産性はほぼ変わらない
- 初心者オペレーター(60点の人):AI導入後に大幅に改善し、85点に近づく
要するに、AIは平均点を引き上げるが、上位層の成績はあまり変えないのです。
この現象は他の業種でも再現されています。
- 大手コンサルティング会社の若手コンサルタント
- 日本のタクシー乗務員
- 米国のフリーライター
いずれも、経験の浅い人の成果を大きく改善した一方、熟練者の成果には限定的な効果しかありませんでした。
スキルの底上げ装置としてのAI
これらの研究が示しているのは、AIは単なる「代替者」ではなく、低スキル層を底上げする装置だということです。
例えばこれまでなら「一人前になるまで数年かかる」ような職種でも、AIを活用すれば短期間で一定レベルまで到達できる。企業にとっては教育コストを下げつつ人材の即戦力化を進められるメリットがあります。
逆にいえば、**「一部の優秀な人だけが担っていた領域に、多くの人が参入できるようになる」**ともいえます。これは労働市場にとって大きな意味を持ちます。
企業にとってのメリットと課題
AIによる生産性の収斂は、企業組織にさまざまな影響を与えます。
- メリット
- 従業員全体の成果の底上げ
- 若手や中堅の育成スピードの加速
- 業務品質の均一化
- 課題
- 熟練者の優位性が薄れることで評価や給与体系をどう設計するか
- 「平均点は高いが突出した成果が少ない」組織になるリスク
- 競争優位をどう維持するか
AIによって「全員が85点前後」の組織になったとき、企業は新しいマネジメントの在り方を模索せざるを得ません。
個人にとっての意味
個人にとっても、この収斂は二面性を持ちます。
- 追い風
- これまで成果を出せなかった人でもAIの助けで一定レベルに達しやすい
- 初心者の「立ち上がり」が速くなる
- 逆風
- 上位層の「差別化」が難しくなる
- AIに頼るだけでは突出した成果を残せない
したがって、個人が意識すべきは「AIに引き上げられた85点」ではなく、その先にある90点・95点の領域をどう築くかです。
まとめ
AIによる生産性の収斂は、労働市場と組織、そして個人に深い影響を与えます。
- AIは「仕事を奪う」だけでなく「成果を底上げする」
- 初心者ほど恩恵が大きく、熟練者の差別化は難しくなる
- 企業は評価制度やマネジメントの見直しを迫られる
- 個人は「AIが苦手な領域」での強みを築く必要がある
つまりAIは脅威であると同時に、学び方次第で大きなチャンスにもなるということです。
📌 参考 日本経済新聞朝刊(2025年9月26日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
