ETF大株主からの“離陸” ― ガバナンス・需給の長期影響(第3回)

FP

日銀が保有するETF・REITの売却を決めたことで、「日銀が日本株の大株主である状態」からの離陸が始まろうとしています。
ETFを通じて日銀は、東証プライム市場全体の時価総額の約8%に匹敵する株式を握っているとされ、年金基金(GPIF)を上回る規模です。

この“巨大株主”がゆっくりと市場から退場していくと、需給やガバナンスのあり方にどのような長期的な変化が訪れるのでしょうか。


1. 「日銀=株主」という異例の構図

1-1. ETF買い入れの経緯

  • 2010年:白川総裁時代に緩和策の一環でETF・REIT購入を開始
  • 2013年:黒田総裁による異次元緩和で規模拡大(年1兆円→6兆円へ)
  • 2025年:残高は時価70兆円超

本来、企業の株式は業績・事業計画・ガバナンスに基づいて投資家が選別し、株価が形成されます。しかし、日銀の大量買いは株価下支えを狙った政策的な介入であり、価格メカニズムに歪みを生じさせたとの批判も強くありました。

1-2. 「議決権を行使しない株主」

ETFを通じて株式を保有していても、日銀は議決権を直接行使せず、運用会社に委任しています。その結果、

  • 企業統治の空洞化(経営への株主圧力が弱まる)
  • “モノ言わぬ株主”が大株主に居座る構図
    が長く続いてきました。

2. 長期需給への影響 ― 「売り手参入」が意味するもの

2-1. 0.05%ルールの売却

日銀は市場売買代金の0.05%程度という極小ペースで売却を進める方針です。このため短期的には需給への影響は限定的。ただし、

  • 「日銀が買い手ではなく売り手」になる
  • 将来的に株式市場が自立的に需給を回復する必要がある
    という点で意味は大きいといえます。

2-2. 日銀が“退出する”先の姿

  • 需給の健全化:企業業績や投資家評価がより直接的に株価へ反映される
  • ボラティリティ上昇:相場下支えが弱まる分、株価は上下しやすくなる
  • リスクプレミアム回復:リスク資産としての株式の「本来のリスク」が投資家に戻る

3. ガバナンス面の変化 ― 「モノ言う株主」の役割増大

ETF保有が縮小していくにつれ、企業統治の主役は再び年金基金・機関投資家・海外投資家に移っていきます。

  • 海外投資家:短期的な売買で市場を揺さぶるが、ガバナンス要求は厳しい
  • 国内機関投資家:ESG・中長期的な成長性を重視する圧力を強める
  • 個人投資家:積立NISA拡大を背景に、株式市場の新しい担い手に

これまで「日銀が株価を下支えしてくれる」という安心感に隠れていた企業は、資本効率・株主還元・透明性を今まで以上に問われることになります。


4. 「100年問題」とどう向き合うか

単純計算ではETFの売却完了まで100年以上。この「長すぎる時間軸」は批判もありますが、逆にいえば市場に大きなショックを与えずに進める安全弁でもあります。

ただし、課題も残ります。

  • 含み益の扱い:政府の財源に活用すべきとの声
  • リスク移管の是非:政府系ファンドに移す案、国民に分配する案など
  • 会計リスク:株価下落時の含み損は日銀の財務悪化要因に

こうした議論は、金融政策の領域を超えて財政・政治課題に踏み込む性質を帯びています。


5. 個人投資家にとっての意味

  • 短期的には:日銀の売却は小規模で直接的影響は軽微。ただし「ニュースで市場が揺れる」局面は増える。
  • 中長期的には:株価はより企業本来の力を映す。投資家は業績分析・ガバナンス評価を重視する必要。
  • 家計的には:利上げや円安リスクと合わせて、株式・債券・外貨の分散を強化する好機。

まとめ

ETF大株主としての役割を日銀が手放し始めることは、市場の健全性回復に向けた長期的な離陸です。

  • 需給面では「市場の自立」への移行
  • ガバナンス面では「モノ言わぬ株主」から「モノ言う株主」への主役交代
  • 政策面では「100年問題」との付き合い方

これらは一朝一夕で片付く課題ではありません。ですが、日本株市場が“政策依存”から“企業本来の力”へ回帰する過程ととらえれば、投資家にとっても長期的な意義は大きいと言えるでしょう。


👉 本記事は 2025年9月19〜20日付 日本経済新聞 各面報道を参考に構成しました。


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

タイトルとURLをコピーしました