2026年2月20日の施政方針演説で、高市首相は「責任ある積極財政」を前面に掲げつつ、「マーケットからの信認を損なう野放図な財政政策をとるわけではない」と明言しました。あわせて、飲食料品の消費税を2年間ゼロ税率とする方針を、給付付き税額控除が整うまでの経過措置として位置づけ、夏前に中間とりまとめ、関連法案の早期提出を目指すとしています。
この演説は、「投資を増やす」「減税で家計を支える」「ただし財政規律は守る」という三点セットを、同時に成立させようとする宣言でもあります。問題は、それが“言葉の整合”にとどまらず、“制度と数字の整合”に落ちていくのかどうかです。
1. 「別枠・多年度」で投資を積むという設計の狙い
演説の核は、危機管理投資・成長投資を「多年度で別枠管理」し、予算の予見可能性を高めて民間投資を呼び込む、という発想です。単年度主義と補正前提を改め、複数年度予算や基金も活用する、と述べています。
狙いは理解できます。民間の設備投資や研究開発は、需要の先行きだけでなく、政策の継続性に強く影響されます。予算が毎年“読みづらい”国では、企業は国内投資より海外投資に傾きやすい。だから政府が先に「この分野に、一定期間、一定規模で張る」と示す――このロジック自体は、米欧の産業政策とも親和性があります。
ただし、別枠化や多年度化は、うまく使えば“長期のコミットメント”ですが、使い方を誤ると“検証が遅れる仕組み”にもなります。投資の世界では「続けること」よりも「やめる判断が早いこと」が価値になる局面もあります。過去の国策プロジェクトの評価と、途中で軌道修正するためのKPI設計(いつ・何をもって成功/失敗とするか)がセットでないと、「予算の予見可能性」は「支出の固定化」に見えかねません。
2. “税収の自然増”シナリオと、市場が見るチェックポイント
首相は、投資→成長→賃上げ→税収の自然増、という好循環を語っています。これは政策思想としては分かりやすい反面、市場参加者が見るのは「成長率の見込みが保守的か」「税収弾性値(成長に対して税収がどれだけ増えるか)の前提が甘くないか」「政策効果を過大に置いていないか」です。
この点で重要なのは、政府が夏に取りまとめるとする成長戦略で、民間投資促進効果を“定量的に”示す、と約束しているところです。逆に言えば、ここが曖昧だと「捕らぬたぬきの皮算用」と受け止められ、金利上昇(国債利回りの上昇)と円安圧力が強まる可能性があります。実際、演説や会見を巡って金利が神経質に動いている、という空気は記事が示唆しています。
“信認”は抽象語に見えますが、実務的にはかなり具体的です。たとえば次の3点は、市場が特に重視するはずです。
・支出の中身:成長率を上げる投資か、単なる需要の先食いか
・出口の設計:事業評価で止められるか、恒久化しないか
・財源の筋:一時的な収入で恒久的な政策を回していないか
3. 食料品ゼロ税率(2年)の「制度設計」より先に来る“財源の作法”
飲食料品の消費税を2年間ゼロにする方針は、家計の負担軽減策としてインパクトが大きい一方、財源議論が避けられません。候補として取り沙汰されがちなものに、外為特会の剰余金、日銀ETFの収益、歳出改革(補助金や基金)、租税特別措置の見直しがあります。
ここで大事なのは、どれが良い悪いという以前に、「財源として使える性質かどうか」です。
(1)外為特会剰余金:使えるが“使い切れない”
外為特会は、決算剰余金の一部を一般会計に繰り入れています。2024年度決算では剰余金が約5.3兆円とされ、その一部を介入原資として積み立て、残りの一部を一般会計に繰り入れています。
ただ、これは運用環境(内外金利差や為替)に左右される税外収入で、恒常財源にはなりにくい。さらに、外貨資産を取り崩して円転を進めれば、介入余力や対外的な政治コスト(為替政策と見られるリスク)も生じ得ます。
(2)日銀ETF:収益はあるが“政策介入”に見えやすい
日銀のETFは含み益が巨額とされ、財源化の議論が出やすい領域です。もっとも、中央銀行の資産売却ペースに政府側の意図が混じると、独立性や市場機能への影響が疑われます。ETFの処分を急げば株式需給が悪化し、株価の下押し圧力にもなり得ます。
財源は「あるように見える」ことと「安心して使える」ことが別物です。信認の観点では、ここを混同しない説明が必要になります。
(3)歳出改革・租特見直し:政治的には難しいが“筋は良い”
補助金や基金、租税特別措置の見直しは利害調整が大変です。ただ、市場が評価しやすいのは、実はこのタイプです。なぜなら「一時金」ではなく「構造」を直す話で、財政運営が円安や金利環境に依存していない、と示しやすいからです。
もっとも、ここは政権の腕の見せどころになります。どの補助金・基金が“効果が薄い”のか、どの租特が“政策目的を果たした/果たしていない”のか。EBPMの言葉だけが先行すると、かえって不信を招きます。結局は、個別メニューの棚卸しと、撤退基準の明示が不可欠です。
結論
今回の施政方針演説は、「投資の多年度化」と「食料品ゼロ税率(2年)」を掲げつつ、「野放図ではない」と信認を強調する構図でした。
この三点セットを成立させる条件は、スローガンではなく、次の2つに尽きます。
1つ目は、成長投資の中身を、定量目標と途中評価(やめ時を含む)まで含めて設計できるか。
2つ目は、減税財源を「一時的に見える資金」に寄せすぎず、歳出改革・租特見直しといった“筋の通る財源”をどこまで積み上げられるか。
夏前の中間とりまとめと、その後の法案・予算編成プロセスは、「責任ある積極財政」が“言葉”から“制度”に変わる試金石になります。市場の信認は、気合ではなく設計図に宿ります。
参考
・日本経済新聞「『野放図な財政政策とらず』首相の施政方針演説」(2026年2月21日 朝刊)
・日本経済新聞「〈リーダーの責任〉責任ある成長、描けるか」(2026年2月21日 朝刊)
・日本経済新聞「〈CheckPoint〉減税財源、どう賄う? 外為特会・日銀ETFは難路」(2026年2月21日 朝刊)
・日本経済新聞「高市首相の施政方針演説 全文」(2026年2月21日)
・財務省「外国為替資金特別会計 令和6年度決算」
・日本銀行「決算関連資料(国庫納付金、ETF等の保有状況に関する資料)」
