公的年金の繰下げ受給は、老後設計の有力な選択肢です。65歳以降、受給開始を遅らせることで、年金額は増額されます。
一方で、相続設計を重視する立場からは、「できるだけ資産を残したい」という発想が生まれます。
では、年金繰下げと相続設計は両立するのでしょうか。それとも、どこかで方向性が衝突するのでしょうか。
本稿では、制度の仕組みと資産戦略の観点から整理します。
年金繰下げの本質
年金繰下げは、受給開始を遅らせることで年金額を増額する制度です。
例えば、70歳まで繰り下げれば、受給額は大幅に増加します。終身で増額された年金を受け取ることができます。
繰下げの本質は、「長生きリスクへの備え」です。
長寿化が進むなかで、安定的な終身給付を厚くすることには合理性があります。
相続設計の本質
相続設計の目的は、単に資産を多く残すことではありません。
・円滑な承継
・納税資金の確保
・家族間の公平
・事業承継の安定
といった多面的な目的があります。
資産を取り崩さずに残すことが常に最適とは限りません。
重要なのは、生活保障と承継設計のバランスです。
繰下げと資産取り崩し
年金を繰り下げる場合、受給開始までの生活資金を自らの資産で賄う必要があります。
その結果、金融資産を取り崩すことになります。
この点だけを見ると、「資産を減らす=相続財産が減る」と考えられがちです。
しかし、視点を変える必要があります。
資産を取り崩しても、その分将来の年金額は増えます。終身の収入が増えることは、老後の安心を高めます。
老後の生活保障を年金で確保し、その余剰部分を相続財産と考える設計も可能です。
両立の条件
年金繰下げと相続設計を両立させるためには、いくつかの条件があります。
1. 十分な流動資産
繰下げ期間中の生活費を賄える流動資産が必要です。
2. 長寿リスクの考慮
平均寿命ではなく、長寿リスクを前提とした設計が必要です。
3. 税制との整合
年金は公的年金等控除の対象となります。取り崩す金融資産との課税バランスも考慮します。
相続財産の質という視点
資産の「量」だけでなく「質」も重要です。
繰下げによって老後生活の安定性が高まれば、過度な安全資産を保有する必要がなくなる可能性があります。
その結果、資産構成の見直しや整理が進み、承継が容易になる場合もあります。
また、年金という終身給付は相続対象にはなりませんが、その分、生活保障が制度的に確保されているといえます。
典型的な誤解
年金繰下げを選ぶと「損をするのではないか」「早く受け取って残した方がよいのではないか」という議論があります。
しかし、相続を前提とした設計は、本人の生活保障を犠牲にする発想になりがちです。
まずは自らの生活を安定させ、そのうえで残る資産を設計するという順序が重要です。
年金は生活保障の基盤であり、相続財産を増やすための手段ではありません。
実務的な整理
実務上は、次の観点で検討します。
・繰下げ期間中の資産取り崩し計画
・医療・介護リスクの見込み
・配偶者への影響
・二次相続までの視野
単年度の損得ではなく、長期的なキャッシュフローと承継設計を統合的に考える必要があります。
結論
年金繰下げと相続設計は、対立するものではありません。
むしろ、老後生活の安定を確保したうえで、余剰資産を計画的に承継するという順序で設計すれば、両立は可能です。
重要なのは、資産を「残すこと」自体を目的にしないことです。
年金制度と資産設計を統合的に捉え、長寿時代にふさわしいバランスを構築することが求められます。
生活保障と承継設計の両立こそが、持続可能な資産戦略の核心です。
参考
・自由民主党・日本維新の会 令和8年度税制改正大綱
・財産評価基本通達
・最高裁令和4年4月19日判決 解説資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
