相続税評価はどこまで市場価格に近づくのか――時価主義の限界と可能性

税理士
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貸付用不動産評価の見直しにより、「通常の取引価額」という概念が明確に打ち出されました。

これは相続税評価を市場価格に近づける動きと理解できます。しかし、相続税評価は本当に市場価格と一致すべきなのでしょうか。

時価主義を徹底すれば、理論的には市場価格評価に近づきます。しかし、税制には別の要請も存在します。

本稿では、相続税評価がどこまで市場価格に近づくべきか、その限界と可能性を考えます。


時価主義の意味

相続税法は「時価」を原則とします。

時価とは、自由で独立した当事者間で通常成立すると認められる価格を意味します。これは市場価格を基礎とする概念です。

時価主義は、公平な課税のための基盤です。同じ価値を持つ財産には、同じ水準の課税がなされるべきだからです。

今回の見直しは、この原則を再確認する動きといえます。


なぜ完全な市場価格評価にしないのか

しかし、相続税評価は必ずしも完全な市場価格評価ではありません。

その理由は三つあります。

第一に、事務処理の現実です。全国で発生する膨大な相続案件を、すべて鑑定評価に委ねることは現実的ではありません。

第二に、予測可能性です。納税者が事前におおよその評価額を把握できることは重要です。

第三に、評価の安定性です。市場価格は短期的に変動します。相続という偶発的事象に過度な市場変動を反映させることは、納税者に過大なリスクを負わせる可能性があります。

したがって、通達評価という簡便的手法が採用されてきました。


市場連動の強化はどこまで可能か

貸付用不動産の評価見直しは、市場価格との乖離が大きい部分を是正するものです。

しかし、全面的に市場価格評価へ移行するわけではありません。

今後想定されるのは、

・特定類型への市場価格反映強化
・乖離が著しい場合の補正規定整備
・透明性の高い算定基準の明示

といった部分的強化です。

完全な市場価格評価は制度として不安定になりやすく、現実的ではありません。


市場価格の不確実性

市場価格は唯一絶対の数値ではありません。

同じ不動産でも、売却時期、買主属性、金融環境によって価格は変わります。

収益還元法、取引事例比較法、原価法など、評価手法によっても価格は異なります。

したがって、「市場価格に近づける」といっても、一定の幅を許容する概念となります。

税制は、その幅の中で合理的な基準を設定する仕組みです。


公平性と安定性の均衡点

相続税評価の核心は、公平性と安定性の均衡です。

市場価格に近づけすぎれば、評価争いが増え、納税者の不安定性が高まります。

通達評価に依存しすぎれば、実質的公平が損なわれます。

今回の見直しは、その中間点を模索する試みです。

市場価格との著しい乖離のみを是正し、全体としての安定性は維持する方向です。


将来の展望

今後、金融商品や不動産投資手法はさらに高度化します。

評価差を利用する新たな商品が登場すれば、再び制度改正が行われるでしょう。

相続税評価は、市場と税制のせめぎ合いの中で進化します。

重要なのは、制度の一貫性と理念です。

時価主義を軸としつつ、予測可能性と実務可能性を確保する設計が求められます。


本質的な問い

相続税評価が市場価格に近づくことは、目的ではなく手段です。

目的は、公平な課税と持続可能な制度運営です。

市場価格への過度な接近は、制度の安定性を損なう可能性があります。一方、乖離の放置は公平性を損ないます。

評価制度は、その間で動き続けます。

今回の貸付用不動産見直しは、その揺り戻しの一局面にすぎません。


結論

相続税評価は、市場価格に完全一致するものではありません。

しかし、市場との整合性を失えば、制度の正当性が揺らぎます。

今後の方向性は、「市場との合理的距離」を保つことにあります。

完全一致でも、完全乖離でもない。合理的な近接です。

貸付用不動産評価見直しは、その距離を再調整する一歩です。

評価制度は今後も変化します。しかし、時価主義と制度安定性の均衡という基本構造は変わりません。

その視点から制度の動向を見守ることが重要です。


参考

・自由民主党・日本維新の会 令和8年度税制改正大綱
・財産評価基本通達
・最高裁令和4年4月19日判決 解説資料


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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