生成AIの活用は、事務処理の効率化や文章作成支援といった領域を超え、専門職の中核業務にまで広がりつつあります。
その象徴的な動きとして、EY新日本監査法人が、取引記録と会計データの照合業務に生成AIを本格導入することを明らかにしました。
これまで人手に大きく依存してきた監査実務において、生成AIはどのような役割を果たし、何が変わろうとしているのでしょうか。本稿では、今回の取り組みの内容を整理したうえで、監査・経理・税務実務への影響を考えていきます。
EY新日本監査法人の取り組みの概要
EY新日本監査法人が導入する生成AIは、企業の会計システムにアップロードされた請求書、納品書、契約書などの取引記録と、会計データの内容を突き合わせるための専門ツールです。
従来のAIツールでは、読み取れる書式が限定されていたため、実際に利用できる監査先は全体の3~4割にとどまっていました。今回の生成AIは、文書の形式やレイアウトの違いに柔軟に対応できるため、監査対象となる約3,800社すべてで使用可能になるとされています。
具体的には、AIが膨大なPDF形式の取引記録から会計データを裏付ける文書を探し出し、該当する金額や日付、取引先などの重要情報を強調表示します。これにより、会計士が1件ずつ文書を開いて確認する作業が大幅に削減される仕組みです。
精度とハルシネーション対策
生成AIの活用において常に課題となるのが、誤回答、いわゆるハルシネーションへの対応です。
EY新日本監査法人によれば、現時点での回答精度は8~9割とされ、専門業務向けの生成AIとしては高い水準にあるとされています。
もっとも、監査業務では「高精度」であることと同時に、「誤りを見逃さない仕組み」が不可欠です。そのため、このツールでは、AIが抽出した取引記録の情報と会計データが一致しているかを自動チェックし、最終的な判断は必ず会計士が行う設計となっています。
生成AIを全面的に信用するのではなく、人による確認を前提とした補助ツールとして位置付けている点が、実務導入の現実的な姿といえます。
監査実務はどう変わるのか
今回の取り組みは、監査の「やり方」そのものを変える可能性を持っています。
従来の監査では、サンプリングによるチェックや、経験に基づく重点確認が中心でした。生成AIの活用により、より多くの取引を対象とした網羅的なチェックが現実的になります。これは、監査の効率化だけでなく、品質の均一化や見落としリスクの低減にもつながります。
一方で、単純な照合作業の比重が下がることで、会計士には、異常値の背景分析や取引の経済実態の評価といった、より高度な判断が求められるようになります。監査人の役割は「確認作業者」から「分析・判断の専門家」へと、さらにシフトしていくと考えられます。
経理・企業実務への波及効果
この動きは、監査法人にとどまらず、企業の経理実務にも影響を及ぼします。
取引記録と会計データの突合が高度化すれば、証憑管理の重要性はこれまで以上に高まります。書類の保存方法や命名ルール、電子化の質が低い企業ほど、AIによる照合で指摘を受けやすくなる可能性があります。
また、将来的にEYがこのツールをアドバイザリー先などに販売することを視野に入れている点も注目されます。企業自らが、決算前や月次処理の段階で取引照合を行う時代が到来すれば、経理業務の在り方そのものが変わる可能性があります。
税務・内部統制との関係
税務や内部統制の分野でも、生成AIの応用余地は広がっています。
帳簿と証憑の整合性が自動的にチェックされる環境では、税務調査においても、形式的な不備が指摘されやすくなる一方、実態に即した説明がより重要になります。
また、内部統制の観点では、取引記録の改ざんチェックへの生成AI活用も検討されており、不正防止や早期発見の仕組みとしての期待も高まります。
これは「人を減らすためのAI」ではなく、「人の判断を支えるためのAI」への転換と捉えるべき動きです。
結論
EY新日本監査法人による生成AIの本格導入は、監査業務の効率化にとどまらず、会計・経理・税務実務全体の在り方に影響を与える動きです。
生成AIが担うのは、あくまで情報整理と照合の部分であり、最終的な判断や説明責任は人に残されます。その意味で、専門職の価値が下がるのではなく、むしろ高度化していく局面に入ったといえるでしょう。
今後、企業側にも「AIに読まれる前提」での帳簿・証憑管理が求められる時代が到来します。生成AIをどう恐れ、どう使いこなすかが、実務の質を左右する確認軸になりつつあります。
参考
・日本経済新聞「EY新日本監査法人、取引記録の照合に生成AIを活用」(2026年1月29日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

