人工知能(AI)は、もはや単なる技術革新の道具ではありません。教育、行政、医療、ビジネス、そして日常生活にまで深く浸透し、私たちの判断や価値観に影響を与える存在となっています。こうした中で、世界各国が新たに意識し始めているのが「AI主権」という考え方です。
米国や中国が開発したAIに依存し続けることは、利便性の裏側で、自国の文化や言語、価値観を静かに失っていくリスクをはらんでいます。日本やASEAN諸国が模索する国産AI・主権AIの動きは、単なる技術競争ではなく、国家の根幹に関わる課題といえます。
AIは価値観を内包する技術
AIは中立的な存在だと思われがちですが、実際には学習データや設計思想に強く依存します。
米国製AIは英語圏を中心としたデータを基盤に発展してきました。自由主義や個人主義を前提とした価値観が、無意識のうちに回答に反映されることも少なくありません。一方、中国製AIでは、歴史認識や民主主義、国家観において中国政府に沿った出力がなされる可能性が指摘されています。
AIが行政判断や教育、相談業務にまで使われる時代において、こうした偏りは個人レベルにとどまらず、社会全体の思考様式に影響を与えかねません。
ベトナムに見る主権AIへの危機感
ASEAN諸国の中でも、ベトナムはAI主権への取り組みで先行しています。2026年に包括的なAI法を施行し、AI開発とリスク対応を両立させる枠組みを整えました。そこでは、自国の主権保護が明確に基本原則として掲げられています。
特に象徴的なのが、官民連携による国産大規模言語モデル(LLM)の開発です。ベトナム語を自然に処理できるAIの構築は、単なる技術課題ではなく、言語と文化を未来に残すための国家戦略と位置付けられています。
古代国家の名に由来するAIプロジェクト名が示すように、AIは新しい技術であると同時に、歴史とアイデンティティを引き継ぐ器でもあるのです。
利便性と現実のギャップ
もっとも、現実には米国製AIの利用が圧倒的です。高性能で使いやすく、世界標準となっている以上、利用が進むのは自然な流れでしょう。
ベトナム国内でも、国産AIアプリが一定の評価を得ながら、利用率では海外製AIに大きく差をつけられています。この状況は、日本にとっても他人事ではありません。
日本はAI政策やインフラ面で一定の水準にありますが、国際的な評価では中位にとどまっています。日本語という独自言語を持ちながら、その処理や価値観の反映を海外製AIに委ね続けることの是非は、改めて問われるべきでしょう。
日本とASEANの協力が持つ意味
日本がASEAN諸国とAI開発で協力を進める動きは、単なる技術支援ではありません。言語的・文化的多様性を尊重しながら、特定の大国に過度に依存しないAIエコシステムを構築する試みです。
主権AIとは、自国だけで完結する閉鎖的な技術ではなく、共通の価値観を持つ地域同士が連携し、選択肢を持つことでもあります。これは経済安全保障の観点からも重要性を増しています。
結論
AIが社会の意思決定に深く関わる時代において、どのAIを使うかは、どの価値観を受け入れるかという選択に直結します。
米中製AIの利便性を享受しながらも、自国の言語や文化、判断軸を守るための主権AIを育てる。この二つをどう両立させるかが、これからの政策と社会の大きな課題です。
AI主権は遠い未来の話ではありません。気づいたときには、思考の前提そのものが書き換えられていた、という事態を避けるためにも、今この段階での議論と行動が求められています。
参考
・日本経済新聞 AI主権の時代(上)米中製依存では文化守れず
・日本経済新聞 ASEANデジタル相会議関連記事
・Oxford Insights Government AI Readiness Index
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

