年金や医療、介護をめぐる制度について、「よく分からないが不安だ」「何となく納得できない」と感じている年金世代は少なくありません。
ただ、その感情は決して制度そのものを否定したいから生まれているわけではありません。多くの場合、長年制度を支えてきたからこそ芽生える、静かな違和感です。
制度は合理的に設計されていても、人生は一律ではありません。そのズレこそが、年金世代の制度不信の正体ではないでしょうか。
制度不信は「不満」ではなく「戸惑い」
年金世代が抱く制度不信は、声高な批判や怒りとは少し違います。
「なぜこうなるのか分からない」「自分の場合は想定されていない気がする」。
こうした戸惑いが積み重なった結果として、不信感が生まれています。
多くの制度は、一定のモデルケースを前提に作られています。
平均的な家族構成、平均的な働き方、平均的な老後。
しかし、現実の人生はその平均から少しずつ外れています。
制度は説明されないまま変わっていく
年金世代が強い不安を感じる理由の一つに、制度変更の「分かりにくさ」があります。
年金額、医療費負担、介護保険料、自己負担割合。
どれも少しずつ変わっていきますが、全体像を丁寧に説明される機会は多くありません。
結果として、
「いつの間にか条件が変わっていた」
「自分が不利になった理由が分からない」
という感覚が残ります。
制度が複雑であること自体よりも、納得する材料が与えられていないことが、不信につながっているのです。
「自己責任」で片付けられる違和感
老後の話題になると、しばしば「自己責任」という言葉が使われます。
確かに、備えの重要性は否定できません。
しかし、年金世代の多くは、制度が示したルールに従い、その時代なりの最善を尽くしてきました。
寿退社が当たり前だった時代、男女で賃金差が大きかった時代、長時間労働が美徳とされた時代。
その前提で生きてきた結果を、後から自己責任で処理されることに、納得しきれない思いを抱くのは自然なことです。
不公平感は「金額」より「扱い」から生まれる
制度不信の多くは、実は給付額の多寡そのものから生まれているわけではありません。
同じような生活実態なのに、
- ある人は優遇され
- ある人は負担が重くなる
その扱いの差に、違和感が生じています。
なぜこの年金は収入として見られないのか。
なぜこちらは自己負担が増えるのか。
こうした問いに対する説明がなければ、不公平感は蓄積していきます。
結論
年金世代が感じる制度不信の正体は、制度への反発ではありません。
「自分の人生が制度の中でどう位置づけられているのか分からない」という不安です。
制度を維持するための見直しは避けられません。
しかしその際には、多様な人生が存在することを前提に、丁寧な説明と納得感を伴わせる必要があります。
このシリーズでは、年金世代が感じている違和感を一つずつ言葉にし、制度を冷静に見つめ直していきます。
不信を煽るためではなく、安心して老後を迎えるために、制度を正しく理解することが目的です。
参考
日本経済新聞
「多様性 私の視点〉遺族年金ばかり優遇、なぜ」
確定拠出年金アナリスト 大江加代氏(2026年1月26日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
