企業の不正会計や開示ミスは、投資家の信頼を一気に損なうリスクをはらんでいます。有価証券報告書の訂正は、その象徴とも言える出来事です。
こうした中で、監査の現場におけるAI活用が、目に見える成果を上げ始めています。大手監査法人である EY新日本監査法人 では、AIの導入を背景に、有価証券報告書の訂正件数がこの5年で約9割減少したと報じられました。
本稿では、この事例を手がかりに、AIが監査業務にもたらしている変化と、その意味を整理します。
有報訂正が減ったという事実の重み
有価証券報告書は、上場企業にとって最も重要な開示書類の一つです。提出後に訂正が行われるということは、単なる事務的ミスにとどまらず、会計不正や内部統制の不備が疑われるケースも含まれます。
今回報じられたデータでは、2023年決算期における訂正比率は0.13%にとどまり、5年前と比べて大幅に低下しています。これは偶然や一時的な要因ではなく、監査プロセスそのものが変わりつつあることを示唆しています。
AIが担う「網羅性」と「異常検知」
従来の監査では、限られた時間と人員の中で、サンプル抽出を中心とした検証が行われてきました。人の判断に依存する部分も多く、どうしても「見落としのリスク」は残ります。
AIの導入によって、この前提が変わりました。仕訳データや取引明細を網羅的に分析し、過去データとの乖離や不自然なパターンを機械学習で検知できるようになったためです。
PDF資料の改ざん検知や、工事進捗度と売上計上の整合性チェックなど、人の目では困難だった作業が現実的になっています。
不正の「早期発見」という価値
重要なのは、不正が完全になくなることよりも、「深刻化する前に気づけるかどうか」です。
AIは、異常の兆候を早い段階で可視化します。その結果、監査人は企業との対話を通じて、背景事情や内部統制の問題点を掘り下げることができます。
これは、監査が単なるチェック作業ではなく、企業経営を健全化するための対話型プロセスへと進化していることを意味します。
会計士の働き方も変わる
AI活用の効果は、不正防止だけにとどまりません。単純作業をAIに任せることで、会計士は判断や対話といった本来の専門領域に時間を使えるようになります。
記事では、法人内アンケートで働きがいや満足度が大きく向上したことも紹介されています。人手不足が深刻な監査業界において、これは見逃せないポイントです。
AIは会計士の仕事を奪う存在ではなく、専門性を引き出す補助輪として機能し始めています。
「現場主義」とAIの相性
興味深いのは、AI活用と同時に「現場主義」が強調されている点です。バックオフィスをスリム化し、監査先との接点を増やす組織改革が進められています。
AIで効率化された分、人が現場で得る定性的な情報の価値が相対的に高まっているとも言えます。テクノロジーと人間の役割分担が、より明確になりつつある状況です。
結論
EY新日本監査法人の事例は、AIが監査の質を高め、不正の早期発見と人材の働きがい向上を同時に実現し得ることを示しています。
重要なのは、AI導入そのものではなく、「何をAIに任せ、何を人が担うのか」という設計思想です。
監査に限らず、税務、経理、内部統制といった分野でも、同じ問いが突きつけられています。AI時代の専門家に求められるのは、ツールを使いこなす力と、人にしかできない判断・対話の力を磨き続ける姿勢だと言えるでしょう。
参考
- 日本経済新聞 朝刊
「AI使い有報訂正9割減 EY新日本、監査先で」(2026年1月23日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
