「家を残さない」という選択の心理的ハードル― 手放すことは、無責任なのか ―

FP
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はじめに

子どもが住まないと分かっていても、
「家を売る」「家を処分する」「家を残さない」
という選択に、強い抵抗を感じる人は少なくありません。

頭では合理的だと理解していても、感情が追いつかない。
その結果、判断を先送りし、最終的に子ども世代に問題を残してしまうケースも見られます。

本稿では、「家を残さない」という選択に立ちはだかる心理的ハードルを整理し、それがどこから生まれ、どう向き合えばよいのかを考えます。

ハードル① 「家は残すもの」という刷り込み

多くの人にとって、家は
・一生懸命働いて手に入れた成果
・家族の歴史が詰まった場所
・次の世代に引き継ぐもの
という価値観と結びついています。

特に、高度成長期からバブル期に住宅を取得した世代では、
「家を残す=責任を果たす」
「家を処分する=失敗」
という意識が強く残っています。

しかし、この価値観は、
・終身雇用
・地価上昇
・三世代同居
を前提とした時代のものです。

前提が変わった以上、家に対する役割も変わらざるを得ません。

ハードル② 「子どもに申し訳ない」という感情

家を残さない選択に対して、
「子どもに何も残せないのではないか」
という罪悪感を抱く人も多くいます。

しかし、現実には、
・住まない家
・管理できない家
・売りにくい家
は、資産ではなく負担になります。

子ども世代にとって重要なのは、
家があるかどうかよりも、
・自分の生活を壊さずに済むか
・判断を押し付けられないか
という点です。

家を残さないことは、子どもへの無関心ではなく、
子どもを困らせないための配慮
と捉えることもできます。

ハードル③ 「自分の人生を否定するようで怖い」

家を手放すことに、
「これまでの人生を否定するようでつらい」
と感じる人もいます。

特に、
・共働きでローンを返し続けた
・家族の思い出が詰まっている
住宅ほど、この感情は強くなります。

しかし、家を手放すことは、
「その家が無意味だった」ということではありません。

その家が、
・家族を守り
・生活を支え
・人生の基盤として機能した
事実は、処分しても消えません。

役割を終えた道具を手放すことは、否定ではなく区切りです。

ハードル④ 「決断を自分がする怖さ」

家を残さない選択は、
「自分が決断しなければならない」
という重さを伴います。

残してしまえば、判断は先送りできます。
処分を決めなければ、問題は表面化しません。

しかし、その判断を先送りした結果、
最も困るのは、相続を受けた子どもです。

決断を引き受けることは、
責任を放棄することではなく、
責任を最後まで引き受けること
とも言えます。

「残すこと」より「困らせないこと」

家を残すか、残さないか。
その二択で考えると、感情が絡みやすくなります。

視点を少し変えて、
「子どもを困らせないか」
「自分が老後に詰まらないか」
という軸で考えると、判断は整理しやすくなります。

家を残さない選択は、
・身軽に生きる
・問題を整理して終える
という生き方の延長線にあります。

家は「愛情の証」から「生活インフラ」へ

家に込められた思いは、否定する必要はありません。
ただし、その思いと現実の制度・市場・家族構成は切り分けて考える必要があります。

今の時代、
家は「必ず残すもの」ではなく、
使い切り、整理し、終えることも前提とした生活インフラ
になっています。

おわりに

「家を残さない」という選択は、冷たい判断ではありません。
むしろ、
・現実を直視し
・責任を引き受け
・次の世代の自由を守る
ための選択です。

感情が追いつかないのは自然なことです。
だからこそ、数字や制度、選択肢を一つずつ言語化し、
「なぜそうするのか」を自分の言葉で整理していくことが大切です。

家をどう終えるかは、
人生をどう締めくくるかという問いでもあります。
その答えを、自分で選べること自体が、すでに強さなのかもしれません。


参考

税のしるべ
国土交通省 空き家対策関連資料
国税庁 相続税・不動産関係資料


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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