所得格差の問題を考えるとき、多くの人が気にするのは「今」の不平等です。しかし、より根深いのは、格差が世代を超えて引き継がれてしまうのかどうか、という点ではないでしょうか。
親の経済状況が、子どもの将来をどの程度左右しているのか。この問いは、努力が報われる社会かどうかを測る重要な指標でもあります。今回は、親と子の所得の関係に注目しながら、所得格差と機会の不平等の関係を整理します。
社会的流動性という視点
親と子の経済状況の関係を考える際に用いられるのが「社会的流動性」という考え方です。
社会的流動性が高い社会では、出身家庭の経済状況にかかわらず、個人の努力や選択によって所得階層を移動しやすくなります。反対に、流動性が低い社会では、親の所得水準が子どもの将来を強く規定し、格差が固定化されやすくなります。
この流動性を数量的に捉える指標として用いられるのが「世代間所得弾力性」です。これは、親の所得が1%増えたとき、子どもの所得が何%増えるかを示す数値です。値が大きいほど、親の影響が強く、社会的流動性が低いことを意味します。
日本の世代間所得弾力性は何を示しているか
国際比較研究によれば、日本の世代間所得弾力性はおおむね0.35程度とされています。これは、親の所得が1%高いと、子の所得がおよそ0.35%高くなることを意味します。
この水準は、欧米諸国と比べると中程度とされ、米国のように数値が高い国ほど、所得格差が大きく、社会的流動性が低い傾向が確認されています。
一方で、日本については、1980年代から2000年代にかけて所得格差が拡大したにもかかわらず、世代間所得弾力性自体には大きな変化が見られなかったという研究結果もあります。表面的には、「格差は広がったが、流動性はそれほど低下していない」とも読める結果です。
氷河期世代以降に残る課題
ただし、この点には注意が必要です。
こうした研究の多くは、1930年代から1970年代半ばに生まれた世代を対象としています。いわゆる就職氷河期世代の中心層や、それ以降に生まれた世代は、分析対象に十分に含まれていません。
非正規雇用の拡大や初期キャリアの不安定化は、親世代の所得格差だけでなく、子どもの教育環境や進学選択にも影響します。仮に世代間所得弾力性の数値が変わらなかったとしても、親世代の所得格差そのものが拡大すれば、低所得層の子どもが上位所得層に到達するハードルは高くなります。
つまり、指標が安定していることと、機会の平等が保たれていることは、必ずしも同義ではありません。
格差拡大がもたらす「見えにくい不平等」
所得格差の問題が難しいのは、結果としての不平等だけでなく、過程の不平等が見えにくい点にあります。
教育、居住環境、人的ネットワーク、将来リスクへの耐性など、所得水準の差はさまざまな形で子どもの選択肢に影響します。努力の差として説明されがちな結果の背後に、スタート地点の違いが積み重なっている可能性があります。
格差が拡大する社会では、社会的流動性が急激に低下しなくても、「届きにくさ」が静かに広がっていくことがあります。この点をどう捉えるかが、今後の政策や社会制度を考える上で重要になります。
結論
日本の所得格差と社会的流動性をめぐる議論は、単純な数値だけでは判断できません。
世代間所得弾力性が大きく変わっていなくても、親世代の格差が拡大すれば、機会の不平等は実質的に拡大します。特に、氷河期世代以降の経験は、これまでの分析枠組みでは十分に捉えきれていない部分があります。
所得格差の問題は、「結果の不平等」だけでなく、「機会へのアクセス」がどう変化しているのかを含めて考える必要があります。社会的流動性を維持するためには、教育や雇用の初期段階での支援を含めた、長期的な視点が欠かせません。
参考
・日本経済新聞「やさしい経済学 所得格差と機会の不平等」四方理人
・世代間所得弾力性に関する国際比較研究(仏・米を含む複数研究)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
