高齢期の住まいと介護を考える際、「特別養護老人ホーム(特養)はなかなか入れない」という認識は、長らく半ば常識として語られてきました。
しかし、厚生労働省の最新調査によると、特養の待機者数は約22万5,000人となり、前回調査(2022年)から約5万人減少しています。
一見すると「介護施設不足が改善してきた」という明るいニュースにも見えますが、その内実を丁寧に見ていくと、高齢者介護を取り巻く構造変化が浮かび上がってきます。本稿では、特養待機者減少の背景と、そのことが家族・高齢者本人の意思決定にどのような影響を及ぼすのかを整理します。
特養待機者が減った背景
今回の調査で示された待機者減少の要因として、大きく二つが挙げられます。
一つは、全国的に特養をはじめとする施設整備が進んだことです。特に地方部では、計画的な整備により待機期間が短縮している地域も見られます。
もう一つが、在宅介護サービスの充実です。訪問介護、訪問看護、デイサービス、小規模多機能型居宅介護など、在宅で生活を続けながら介護を受けられる選択肢が増えました。
これにより、「すぐに施設入所しなければならない」ケースが相対的に減少していると考えられます。
要介護3以上が9割を占める現実
一方で、待機者の内訳を見ると、全体の9割以上が要介護3以上の重度者です。
要介護1~2での入所は、認知症など特別な事情がある場合に限られ、原則として在宅生活が前提となっています。
これは、制度上「在宅で生活できる限りは在宅で」という方向性がより明確になっていることを意味します。
裏を返せば、介護度が重くなるまでは、家族や在宅サービスによる支え合いが不可欠であるという現実でもあります。
在宅介護の充実は「負担軽減」か「負担の先送り」か
在宅サービスの拡充は、本人にとって住み慣れた自宅で生活を続けられるという大きな利点があります。
一方で、家族側の視点に立つと、身体的・精神的・経済的な負担が見えにくい形で積み重なる側面もあります。
特養に入所した場合、介護の大部分は施設が担いますが、在宅介護では家族の関与が前提となります。
仕事との両立、遠距離介護、老老介護といった問題は、在宅介護が主流になるほど顕在化しやすくなります。
「いずれ施設」の前提が通用しなくなる時代
これまで多くの家庭では、「いずれ特養に入れるだろう」という暗黙の前提で老後設計が語られてきました。
しかし、待機者数が減っているからといって、必要なタイミングで必ず入所できるとは限りません。
むしろ、介護が始まってから慌てて情報収集をするのではなく、元気なうちから
・在宅介護を選ぶ場合の費用と体制
・施設入所を検討する場合の優先順位
・家族間での役割分担
を具体的に話し合っておくことが重要になっています。
介護とお金の問題は切り離せない
在宅介護が長期化すれば、自己負担は積み重なります。
一方、特養は比較的費用負担が抑えられる施設ですが、入所までの期間や立地条件は選べない場合も多いのが実情です。
年金収入、預貯金、持ち家の有無、将来的な医療費・介護費の見通しを踏まえたうえで、「どの選択肢が現実的か」を整理することが、これからの老後設計では欠かせません。
結論
特養待機者が減少したという事実は、介護政策が「施設中心」から「在宅中心」へと静かにシフトしていることを示しています。
それは必ずしも悪い変化ではありませんが、家族や本人にとっては、これまで以上に主体的な判断と準備が求められる時代になったとも言えます。
介護は突然始まります。
だからこそ、「まだ元気だからこそ」話し合い、備えておくことが、結果的に本人と家族の負担を軽くすることにつながります。
参考
・日本経済新聞「特養待機者5万人減 在宅サービスが充実」(2025年12月31日朝刊)
・厚生労働省 介護保険制度に関する各種統計資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

