労働時間規制緩和と労働供給拡大をどう読むか― 生産性向上と働き手の持続可能性の分岐点 ―

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日本企業の経営者の間で、労働時間規制の見直しを求める声が急速に高まっています。日本経済新聞の「社長100人アンケート」では、残業上限の引き上げや裁量労働制の拡大といった労働規制緩和について、9割近くが賛成と回答しました。一方で、女性や高齢者を中心に労働市場への参加は拡大し、労働力人口は初めて7000万人規模に達する可能性が出てきています。
本稿では、労働時間規制緩和を巡る経営側の期待と、労働供給構造の変化を整理し、今後の制度設計が抱える課題を考察します。

労働時間規制緩和に対する経営側の強い期待

高市政権が検討を進める労働時間規制の緩和について、経営者の多くは前向きな姿勢を示しています。日本経済新聞の調査では「賛成」「どちらかといえば賛成」が86%を超え、理由として最も多かったのは「柔軟な働き方の実現につながる」という回答でした。
背景には、慢性的な人手不足と、業務の繁閑差に対応しにくい現行制度への不満があります。とりわけ、企画・研究開発など成果で評価すべき業務については、時間管理を前提とした規制が生産性向上の足かせになっているとの認識が強いようです。
裁量労働制の対象拡大についても約8割が賛成しており、成果重視型の働き方への移行を後押ししたいという意向が読み取れます。

規制緩和に対する慎重論と健康リスク

一方で、反対や慎重な立場の経営者、労働組合、専門家からは、長時間労働の常態化や心身の不調を懸念する声が根強くあります。
働き方改革関連法によって残業上限が明確化された背景には、過労死問題や健康被害への反省があります。規制を緩めることで、結果として「働ける人に仕事が集中する」構造が復活すれば、持続可能な労働環境とは逆行しかねません。
また、AIやデジタル技術の活用によって労働時間そのものを減らす方向を目指すべきだという意見もあり、単純な時間規制の緩和だけでは解決しない課題が残っています。

労働力人口7000万人時代の意味

注目すべきは、人口減少が進む中でも労働力人口が拡大している点です。女性や65歳以上の高齢者の就労が増え、パートなど短時間勤務が労働供給を支えています。
この構造変化は、労働時間規制の議論に新たな視点をもたらします。すでに一人当たりの平均労働時間は減少傾向にあり、「総労働時間をどう配分するか」が政策課題となっています。
東京大学の川口大司教授が指摘するように、柔軟な働き方が広がれば、女性や高齢者の就労継続はさらに進む可能性があります。ただし、その前提として、税や社会保障の「年収の壁」が労働供給を歪めている現状は見過ごせません。

「時間を延ばす」か「参加を広げる」か

労働時間規制緩和の議論は、「今働いている人にもっと長く働いてもらう」方向に傾きがちです。しかし、すでに労働力人口が拡大している現実を踏まえると、「より多様な人が、無理なく参加できる仕組み」を整える視点が欠かせません。
残業上限の引き上げは短期的な人手不足には効果があるかもしれませんが、長期的には健康リスクや人材流出を招く可能性があります。一方で、社会保険制度や税制の見直しによって就業調整の動機を弱めれば、労働供給の底上げにつながる余地は大きいと考えられます。

結論

労働時間規制緩和は、生産性向上の万能薬ではありません。重要なのは、時間を延ばすことと、参加を広げることのバランスです。
企業が求める柔軟性と、働き手の健康や生活の安定をどう両立させるのか。AI活用、評価制度の見直し、税・社会保障制度の再設計を含めた総合的な議論が求められています。労働力7000万人時代は、単なる規制緩和ではなく、日本の働き方全体を再設計する転換点にあると言えるでしょう。

参考

・日本経済新聞「〈社長100人アンケート〉労働規制緩和『賛成』9割」
・日本経済新聞「労働力、初の7000万人視野 女性・高齢者・パート勤務増加」
・日本経済新聞「労働時間規制 残業上限、原則は月45時間」
・日本経済新聞「〈社長100人アンケート〉賃上げ『5%台』が最多」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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