医療界が自らメスを入れる時代 ― 不要な入院と「効果乏しい医療」が示す構造問題 ―

FP

医療費の増加は、日本の社会保障制度における最大の課題の一つです。高齢化の進展だけでなく、医療提供の中身そのものに「無駄」が含まれているのではないかという指摘が、近年強まっています。
2025年12月に公表された日本経済新聞と日経メディカルオンラインによる共同調査は、医師自身が「不要な入院」や「効果が乏しい医療」を提供した経験を持つ実態を明らかにしました。本稿では、これらの記事を手がかりに、日本の医療提供体制が抱える構造的な問題を整理します。

不要な入院が常態化する現場

調査によると、医師の約3割が過去1年間に「必要性が低い入院」を患者にさせた経験があると回答しました。入院患者を担当している医師に限れば、その割合は約45%に達します。
特に高度急性期や急性期の病床を担う医師ほど、その経験割合は高く、本来は緊急性の高い治療に使われるべき病床が、必ずしも適切に活用されていない実態が浮かび上がります。

理由として多かったのは「患者本人や家族の要望」ですが、4割は「病床利用率を高めるよう病院から指示があった」と回答しています。退院可能な患者の退院を意図的に遅らせた経験がある医師も4割を超え、病床稼働を優先する経営判断が現場に影響していることがうかがえます。

病床過剰と医療費膨張

日本は人口当たりの病床数が国際的に見て非常に多い国です。
経済協力開発機構の統計では、日本は人口1000人当たり12.6床と、ドイツ(7.7床)、米国(2.8床)、英国(2.4床)を大きく上回ります。
平均在院日数も諸外国の3~4倍と長く、病床が過剰であることが、不要な入院や入院の長期化を誘発している構造が見えてきます。

病床利用率は医療機関の収支を大きく左右します。2024年の平均病床利用率は77%と、コロナ禍前の水準に戻っていません。病床が余る環境では、経営維持のために「入院させる理由」を探すインセンティブが働きやすくなります。

「効果乏しい医療」というもう一つの無駄

同じ調査では、治療費に比して健康改善効果が小さい「無価値・低価値医療」を実施したことがある医師が46%に上りました。
代表例として挙げられたのは、風邪に対する抗菌薬や去痰薬、せき止め薬などです。自然治癒が期待できるケースでも、患者の要望を断りきれず処方している実態が示されました。

若い世代の医師ほど問題意識は強く、無価値・低価値医療の抑制に賛成する割合も高くなっています。一方で、外来収入への依存度が高い診療所では、抑制への賛成割合が低い傾向も見られました。

海外の動きと日本の対応

海外では、米国内科専門医機構(ABIM)が主導する
Choosing Wisely
といった取り組みが広がり、科学的根拠に乏しい医療を減らす努力が進められています。

日本でも第4期医療費適正化計画において、効果が乏しい医療の削減目標を都道府県に求めています。今後は診療報酬算定の厳格化や、保険適用の見直しも検討される見通しです。

結論

今回の調査が示したのは、医師個人のモラルの問題というよりも、病床過剰と診療報酬制度が生み出す構造的な歪みです。患者の不安、病院経営の厳しさ、医師の裁量権が絡み合い、「見えにくい無駄」が積み重なってきました。
医療費の持続可能性を確保するためには、患者側の意識改革だけでなく、医療界自身が専門家としての自律を発揮し、不要な医療に自らメスを入れる覚悟が求められています。

参考

  • 日本経済新聞「医師3割『不要入院させた』 医療費膨張の一因に」(2025年12月28日)
  • 日本経済新聞「『効果乏しい医療』実施46% 無駄遣いで国民負担増」(2025年12月28日)
  • 日本経済新聞「病床削減、4割が賛成 医療費抑制『できる』4割」(2025年12月28日)
  • 日本経済新聞「医療界が自らメスを」(2025年12月28日)
  • 日本経済新聞「病床利用率 医療機関の収支を左右」(2025年12月28日)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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