円安が長期化しています。日本銀行は政策金利を0.75%まで引き上げましたが、為替相場は円高に転じる気配を見せていません。
円安の理由としては、日米金利差や金融政策の方向性がよく語られます。しかし、それだけで説明しきれない構造的な変化が、日本経済の内側で進んでいるように見えます。
それは、日本企業や日本人自身が、静かに資産を国外へ移しているという現実です。これは違法な資本逃避ではありません。合理的な経済行動の積み重ねです。しかし、その帰結として円の信認が揺らぎ始めているとすれば、事態は決して軽視できません。
円安の背景にある「成長力の差」
通貨の価値は、その国の経済の将来性を映します。過去10年を振り返ると、日本は名目・実質ともに主要国の中で最も成長率が低い水準にとどまってきました。
経済が成長しない国の通貨が選好されにくいのは、ある意味で自然な結果です。
金融政策の巧拙以前に、「どの国で事業を行い、どの国に資金を置くのが合理的か」という判断が、企業や投資家の間で静かに下されていると見るべきでしょう。
企業行動が示す、日本経済への評価
日本の大企業の多くは、すでに海外事業を中核に据えています。海外売上比率が5割を超える企業も珍しくありません。
本来であれば、海外で稼いだ利益が国内投資として還流し、日本経済の成長エンジンになることが理想です。しかし実際には、収益の多くが成長性の高い海外で再投資されています。
これは経営判断として極めて合理的です。一方で、「日本に投資するより海外に投資した方が期待収益が高い」という評価が、企業の行動として明確に表れているとも言えます。
個人投資家の選択も変わった
個人の資産運用でも同じ現象が起きています。新NISAの普及によって、投資を始める人は増えましたが、人気の中心は海外株式ファンドです。
かつて強かった自国市場への偏重、いわゆるホームバイアスは、若い世代を中心に大きく薄れています。
成長が期待できる市場に投資するという判断自体は健全です。しかし、日本人の家計マネーが構造的に海外へ向かう流れが定着すれば、それは円安圧力として蓄積していきます。
静かなる資産逃避という視点
こうした企業・個人の行動を総合すると、「静かなる資産逃避」という表現は決して誇張ではありません。
声高に円を売っているわけではありませんが、結果として円を保有する必然性が薄れているのです。
重要なのは、この動きが外圧ではなく、国内の意思決定の積み重ねによって生じている点です。円安は、日本の内側から生まれているとも言えます。
マクロ政策に突きつけられる重い問い
この状況下で、財政や金融政策が円の信認をさらに損なう方向に進めば、影響は深刻になります。
インフレを助長する拡張的な財政政策や、財政への配慮から金利正常化をためらう金融政策は、「円は守られる」という前提を揺るがしかねません。
日本は経常収支黒字であり、対外純資産も大きいという指摘があります。しかし、それらは日本企業や日本人が日本に資産をとどめていることが前提です。
その前提自体が変わりつつあるのであれば、「日本防衛力」としての資産論は再検討が必要でしょう。
おわりに
企業や個人の海外志向は、合理的な選択の結果です。それ自体を否定することはできません。
しかし、その集合体が通貨の信認を揺るがし、生活コストや将来不安として跳ね返ってくる可能性があるとすれば、話は別です。
いま問われているのは、金利を何%にするかという技術論だけではありません。
日本経済を成長させる道筋を描けているのか、そして円を持つ意味を示せているのか。
静かに進む資産の流れに、私たちはもっと自覚的である必要があります。
参考
・日本経済新聞「静かなる資産逃避に危機意識を」
・日本経済新聞 各種経済・金融解説記事
・日本銀行 金融政策関連資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

