日銀ETF政策は市場に何を残したのか――購入の検証から見える「売却」の本当の論点――

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日本銀行が保有する上場投資信託(ETF)の売却が、いよいよ現実的な政策課題として浮上しています。
日銀は2026年以降、100年以上かけて慎重に売却を進める方針とされていますが、その背景には「市場をかく乱しない」ことへの強い警戒があります。

では、日銀のETF政策は、これまで市場にどのような影響を与えてきたのでしょうか。
この点を考えるうえで示唆に富むのが、日銀のETF購入政策を実証的に検証した近年の研究です。本稿では、その分析を手がかりに、ETF売却を考える際の重要な視点を整理します。


日銀ETF購入は株価を押し上げたのか

日銀は2010年から約14年間にわたり、金融緩和政策の一環としてETFを購入してきました。その規模は時価で90兆円超とされ、東京証券取引所全体の株式時価総額の7%以上に相当します。

直感的には「日銀が株を買えば株価は上がる」と考えがちですが、理論的には必ずしも明確ではありません。
伝統的なファイナンス理論では、株価は配当の割引現在価値で決まるため、ETF購入が配当や割引率に直接影響しない限り、株価は変わらないという考え方も成り立ちます。

この相反する見方のどちらが現実に近いのかを見極めるには、データに基づく検証が不可欠です。


「介入ルール」を利用した実証分析

日銀のETF購入は、株価下落局面で行われてきたことが知られています。市場では、TOPIXが午前中に一定割合下落すると介入が行われる「0.5%ルール」「1%ルール」といった暗黙の基準が意識されてきました。

研究では、この特徴を逆手に取り、
「介入が行われるギリギリの下落幅」と
「介入が行われないギリギリの下落幅」
を比較する手法が用いられました。

午前中の下落率がほぼ同じであるにもかかわらず、その後の値動きに差があれば、その違いはETF購入による影響と考えられます。


ETF購入は株価を押し上げていた

分析結果は明確でした。
介入が行われたケースでは、午後の株価が有意に上昇しており、その効果は当日だけでなく数日間持続していました。

日銀のETF購入は600回以上行われたとされており、こうした効果を積み重ねれば、日本株の長期的な株価水準に相当程度影響を与えてきたと考えられます。
少なくとも、「ETF購入は株価に影響しなかった」とは言えない結果です。


影響は株式市場だけではなかった

さらに重要なのは、影響が株式市場にとどまらなかった点です。
ETF購入が行われた局面では、長期金利(10年国債利回り)も上昇していました。

株式への需要増加と同時に、購入代金として市場にマネーが供給されることで、安全資産の需給にも変化が生じます。その結果、国債価格が下落し、金利が上昇する方向に作用したと考えられます。

この点は、「株を買えば株価だけが動く」という単純な理解が誤りであることを示しています。


YCCが果たした決定的な役割

2016年に導入されたイールドカーブコントロール(YCC)は、このメカニズムを大きく変えました。

YCC導入以前は、ETF購入によって長期金利が上昇し、その金利上昇が株価の上昇圧力を打ち消していました。
しかし、YCC導入後は金利が人為的に抑えられたため、ETF購入による株価押し上げ効果だけが前面に現れるようになりました。

ETF購入とYCCは、単独ではなく「組み合わせ」で市場に作用していたと言えます。


ETF売却を考える際の本質的な論点

この分析から導かれる重要な示唆は二つあります。

第一に、現実の市場は、需給を無視した理論どおりには動かないという点です。
第二に、ETFの売却もまた、株式市場だけでなく、金利や他の資産市場に波及する可能性があるという点です。

日銀がETF売却を「極めて慎重」に進めようとしている背景には、こうした複雑な連鎖反応への警戒があります。


結論

日銀のETF政策は、当初想定されていた以上に広範で強力な影響を金融市場に及ぼしてきました。
その効果は株価にとどまらず、金利を含む市場全体に波及しています。

今後のETF売却においても、単なる「出口戦略」ではなく、複数の市場を同時に見渡し、他の政策手段と組み合わせながら進めることが不可欠です。
ETF売却は、金融政策の技術的問題であると同時に、市場との高度な対話が問われる局面に入ったと言えるでしょう。


参考

・日本経済新聞「市場と経済政策(中) 日銀ETF購入、広く影響」
・福井真夫(ボストン大学)・矢ケ崎将之(東北大学)によるETF購入効果の実証研究


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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