生成AIの急速な普及により、私たちの情報取得のあり方は大きく変化しています。質問を入力すれば、AIがインターネット上の情報を収集・整理し、即座に回答を提示する仕組みは利便性が高く、すでに日常的なツールとなりつつあります。
一方で、この利便性の裏側で、報道機関が長年にわたり取材・編集してきた記事が、十分なルール整備のないままAIに利用されているのではないかという問題が顕在化しています。2025年末、日本新聞協会と公正取引委員会が相次いで動きを見せたことで、この問題は新たな局面に入りました。
AIによる「ゼロクリック化」と報道ビジネスの危機
近年主流となっている検索拡張生成、いわゆるRAGは、AIが外部データを検索し、その内容を要約・統合して回答を生成する仕組みです。この方式では、ニュースサイトの記事が参照されるケースも少なくありません。
しかし、利用者がAIの回答だけで満足してしまえば、元の記事にアクセスする必要がなくなります。いわゆる「ゼロクリックサーチ」が広がることで、報道機関のサイト訪問者数は減少し、広告収入や購読者獲得の機会が失われるおそれがあります。
報道機関にとってこれは単なる収益問題ではなく、取材活動への再投資が難しくなり、結果として社会全体の情報の質が低下しかねないという構造的な問題です。
「収集拒否」は紳士協定にとどまっている
多くのニュースサイトでは、AI事業者が情報収集に用いるクローラーに対し、robots.txtを使って記事の読み取りを拒否する設定を行っています。これは「当社の記事をAIに使わないでほしい」という意思表示にほかなりません。
ところが、現行制度ではこの拒否表示に法的な強制力はありません。一部のAI事業者がこれを無視して記事を収集しているとされても、直ちに違法と断定することは困難です。
日本新聞協会は、この状態を「技術的措置に依存した紳士協定」に過ぎないと指摘し、実効性あるルール整備が不可欠だと訴えています。
新聞協会の提言:オプトアウトを法的義務に
日本新聞協会は、政府が策定予定の知的財産推進計画に向けて意見書を提出し、収集拒否の意思表示を法的に尊重する仕組みの導入を求めました。具体的には、著作権法施行令の改正などを通じて、オプトアウトを無視したデータ収集を著作権侵害と位置付ける構想です。
欧州連合では、学術研究目的を除き、こうした拒否表示の尊重が法制度上明確化されています。日本でも同様の枠組みを導入すべきだという問題提起です。
クローラーの「名乗り」を義務化する意味
意見書では、データ収集に使われるクローラーの名称、いわゆるユーザーエージェントの開示義務化も提案されています。
クローラーの正体が分からなければ、robots.txtによる拒否設定そのものが機能しません。AI事業者だけでなく、データ収集を専門とする事業者全般を対象とすべきだとする点は、実務的にも重要な指摘です。
AI事業者が第三者からデータを購入するケースを考えれば、透明性の確保は不可欠だと言えます。
公正取引委員会が着目する「競争」の視点
同時期に、公正取引委員会も生成AI検索サービスによる無断引用について調査に乗り出しました。焦点は、優越的地位の乱用など、独占禁止法上の問題が生じていないかという点です。
巨大なプラットフォームやAI事業者が、報道機関のコンテンツを無償で利用し、結果として報道機関の競争力を奪っているのであれば、市場の公正性が損なわれます。
この問題は、知的財産の保護にとどまらず、競争政策の観点からも重要性を増しています。
提訴という「強い対応」が示す現実
日本の主要新聞社が、海外AI事業者を相手取り無断利用を理由に提訴したことは、象徴的な出来事です。これは単なる対立ではなく、現行ルールでは問題を解決できないという切迫感の表れだと受け止めるべきでしょう。
新聞協会も、訴訟に踏み切らざるを得なかった事実を重く見てほしいと政府に訴えています。
結論
生成AIと報道コンテンツの関係は、「技術の進歩」と「情報の公共性」という二つの価値が真正面からぶつかるテーマです。利便性だけを追求すれば、報道の持続可能性が損なわれ、結果として社会全体の知る権利が弱体化しかねません。
収集拒否の法的義務化やクローラーの透明化、公正取引の視点を含めた包括的なルール整備が、いま強く求められています。AIと報道が対立関係に陥るのではなく、健全な共存関係を築くための制度設計が、日本でも本格的に問われる段階に入ったと言えるでしょう。
参考
・日本経済新聞「収集拒否へ法整備を 記事のAI無断利用で新聞協会」
・日本経済新聞「公取委、AIの無断記事引用を調査」
・日本経済新聞「検索拡張生成(RAG) AI、ネット・企業情報基に回答」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

