人工知能の進化が人間の想像を超えるスピードで加速しています。生成AIによる業務効率化だけではなく、意思決定や企画立案など高度な領域にもAIが入り込むようになりました。こうした「超知能」へと向かう潮流の中で、企業が新たに必要としているのが、これまでビジネスの中心とはみなされてこなかった哲学・倫理の専門家です。
なぜ、技術を語る現場で哲学が必要とされるのか。AI開発と雇用の両面から、今起きている「仕事の再定義」を考えていきます。
哲学専攻がAI時代に存在感を増す理由
ビジネスSNSなどの職務データを分析すると、AI分野で「倫理(Ethics)」や「ガバナンス(Governance)」を肩書に含む専門人材が、過去数年で急増しています。特に哲学や倫理学を専攻した人材が高い比率で登用されている点が特徴です。
AIが社会の仕組みに深く入り込むにつれ、企業は単なる技術開発だけでは対応できない課題に直面しています。意思決定の透明性、公平性、説明可能性など、いわゆるAIガバナンスをどう確立するのかという問題は、技術と同じレベルで重要性が増しています。
哲学専攻者が求められる背景には、AIによって生じる価値観の衝突に対応するための「思考フレームの専門家」としての役割が大きいといえます。
「正解のない問い」に向き合える力が必要
AI開発でしばしば取り上げられる思考実験に「トロッコ問題」があります。どの選択肢にも不利益があり、どれかを選ばなければならないというジレンマは、AIが自律的に判断する未来において避けられない論点です。
重要なのは「絶対の正解がない状況で、判断の根拠を社会に説明できるか」という点です。
技術者だけでは解決できず、法、倫理、哲学、経営を横断した意思決定プロセスの構築が求められています。
こうした背景から、企業内には法律・哲学・技術を横断するAIガバナンス組織が設置され、経営層主導でルール作りや教育体制の整備が進んでいます。
技術加速主義と倫理的アプローチの対立構図
AIを巡る思想には、すでに大きな潮流が存在しています。
一つは「効果的加速主義」と呼ばれる立場で、地球規模の課題を解決するには技術革新を最大化すべきだという発想です。シリコンバレーではこの思想に共鳴する投資家や技術者が多く、AI開発競争の後押しにもなっています。
一方で、倫理学者や哲学者の間には、技術を優先するあまり民主主義や普遍的価値が損なわれることへの強い危機感があります。
企業活動の中心に倫理を据える「倫理資本主義」の考え方を押し出す研究者も現れ、AI開発の急進的な思想と対抗する動きが広がっています。
この対立構図は、今後の超知能社会において、企業・政府・市民がどの価値観を基準にするのかという大きなテーマにつながっていきます。
AIが自律する未来と「思想の影響」
AIは今後、最終目標に基づき自律的にタスクを策定し、実行する能力を持つとされています。そのとき、AIの意思決定の根底には「設計者が持っていた前提」が深く組み込まれます。
つまり、AIの判断は開発者の思想に影響されるということです。
この観点からも、AI開発に関わる人材が哲学・倫理の素養を持つ重要性は急激に高まっています。
技術がどれだけ進んでも、人間が社会のルールと方向性を決めることからは逃れられません。AI時代には「どの哲学を採用するか」が仕事そのものの再定義につながっていきます。
結論
超知能を前提とした社会では、技術的スキルだけでは不十分になりつつあります。
AIが人間の判断を代替する場面が広がるほど、人間側には「価値の基準を設定する力」が求められます。
哲学・倫理の専門性は、これからのAIガバナンスの基盤となる役割を担い、企業や公共部門が直面する複雑な意思決定を支える存在になっていきます。
超知能が暴走するトロッコになるのか、それとも人類が共存できる仕組みとして成熟させられるのか。その分岐点に立つのは、今を生きる私たち自身です。
参考
・日本経済新聞「超知能 仕事再定義(1) AI時代の雇用『求む!哲学専攻』」
・日本経済新聞「AIガバナンス 誤った情報や差別的判断を抑制」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

