確定拠出年金(DC)は、多くの加入者にとって老後資産づくりの中心となりつつあります。投資教育の普及やNISA拡大の影響もあり、これまで課題だった元本確保型のみへの偏りは徐々に解消されてきました。
しかし最近、新たな問題が見えてきました。加入者本人は「分散投資しているつもり」なのに、実際には特定資産に集中してしまう「見せかけの分散(ダイバーシフィケーションの錯覚)」が起きているのです。
この記事では、なぜこうした問題が起こるのか、どう防げばよいのかを、制度・教育・投資行動の3つの視点から整理して解説します。
1. 分散投資のつもりが“集中”になる理由
DC加入者を対象にした調査では、特に「バランス型投信+国内株式」のような重複投資が多数確認されています。
- バランス型(例:国内株+海外株+債券のセット)
- 国内株式(単独)
この二つを同時に選ぶと、ポートフォリオ内の国内株式比率が想定よりも高くなり、結果的に集中投資になってしまいます。
同じように、
- パッシブ型バランス
- アクティブ型バランス
を同時に選ぶと、「バランス型×2=分散」のように見えつつ、実は似た値動きの資産を二重に保有していることもあります。
“複数の商品=分散”という誤解が根底にあることが大きな原因です。
2. なぜ加入者は気づかないのか
企業や金融機関は、加入者の投資行動に対して明確な方向性を示すことが難しい現状があります。
- 「この商品に変えたほうがいい」
- 「あなたの資産は集中しすぎている」
という具体的指摘は投資助言とみなされる懸念があり、制度上のグレーゾーンとなっているためです。
そのため、提供される教育は「一般的な分散投資の考え方」の説明に留まり、加入者が自分ごととして判断しにくいという弱点があります。
実際の調査でも、職場での投資教育が役に立たなかった理由として最も多かったのが
「具体性がなく、自分に当てはめられない」
という回答でした。
3. 見せかけ分散を防ぐための現実的な策
制度・会社・個人の3層でできる対策があります。
(1)加入者への「気づきの提供」
投資助言に該当しない範囲で、「重複している可能性」や「資産配分の偏り」に気づける情報を提供する方法があります。
例:
- 「この2つのファンドは、構成資産が似ています」
- 「国内株の割合が想定より多くなっている可能性があります」
これは個別の商品推奨ではないため、制度上も比較的安全で、企業側の情報提供がしやすくなります。
(2)選択肢の絞り込み(制度設計の工夫)
バランス型やターゲットイヤー型など、1本で分散が完結する商品に絞ることも有効です。
多すぎる選択肢は、かえって分散錯覚を助長します。
「分散とは異なる値動きを組み合わせること」という本質を、制度側が担保することで“誤解による集中”を減らすことができます。
(3)デフォルト(指定運用方法)の役割
欧米では、個人の判断に任せず、一定の分散が担保された商品をデフォルトに設定し、加入者は特別な理由がなければそのまま運用を続ける仕組みが一般化しています。
- ターゲットデート型
- ライフサイクル型
- 全世界分散型
これらの「強制力のある分散」は、個人の過度なリスク取りすぎ・取りなさすぎを防ぐ効果が確認されています。
日本のDC制度は「個人の投資教育」を重視する段階にありますが、教育だけでは限界が見えてきており、将来的には欧米型に近づく可能性があります。
4. 個人が今日からできるチェックポイント
見せかけ分散を避けるには、次の3つを確認することが大切です。
- 資産クラスは分かれているか?
(国内株・外国株・国内債券・外国債券・REITなど) - バランス型との重複がないか?
(特に国内株に偏りやすい) - 全体のリスク量が把握できているか?
(似た動きの投資を複数持っていないか)
商品数を増やすほど良いわけではありません。
「資産クラスが重複していないか?」という観点で整理することが、分散の第一歩になります。
結論
確定拠出年金では、本人が自覚しないまま「分散したつもりが集中している」という状態に陥ることが少なくありません。これは知識不足だけでなく、制度上の情報提供の制約が影響しているため、加入者自身が気づきにくい構造的な問題でもあります。
今後は、
- 加入者への“気づき”を促す情報の工夫
- 商品選択肢の整理
- デフォルト運用の活用
といった制度面の工夫が求められます。
同時に、加入者自身も「商品数=分散」ではないことを理解し、資産全体を俯瞰した選択が必要です。
老後資産づくりの成果は、分散の質で大きく変わります。
“見せかけ”ではなく“本当の分散”を実現することが、確定拠出年金活用の最重要ポイントといえるでしょう。
参考
- 日本経済新聞「確定拠出年金、見せかけ分散を防げ」(2025年12月3日夕刊)
- 確定拠出年金普及・推進協議会資料
- 厚生労働省「企業型確定拠出年金の運営管理機関に関するガイドライン」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

