高齢化が急速に進む中で、介護保険制度は今まさに大きな転換点を迎えています。介護を必要とする高齢者は増え続け、介護サービスの費用は年々膨らんでいます。一方で、負担を支える現役世代は減少し続けています。こうした構造的な変化によって、介護保険の財政は長期的な持続性が問われています。
政府は2025年末までに、利用者負担の見直しや所得基準の再設定など、大きな改革の方向性を固める方針です。本稿では、制度改革に進む前提となる「介護保険の現状と財政の課題」を丁寧に整理し、なぜ改善が必要とされるのかを分かりやすく解説します。
1 介護保険制度の位置づけと仕組み
介護保険制度は2000年に始まり、「家族が担っていた介護を社会全体で支える」ことを目的に創設されました。
40歳以上の国民が保険料を支払い、要介護状態になったときにサービスを利用できる仕組みです。給付と負担の主な構造は以下のとおりです。
- 利用者の自己負担:原則1割(一定所得で2~3割)
- 残りの費用:介護保険料と公費(国・都道府県・市町村)で賄う
- 保険料:40歳以上の現役世代と高齢者が負担
この制度は、少子高齢化が進む日本において、「家族の介護負担を軽減する」「サービス提供体制を整える」という役割を果たしてきました。しかし、制度開始から25年が経過し、当初の想定を超えるスピードで高齢化が進んでいます。
2 介護保険財政を圧迫する“二重の構造”
介護保険を取り巻く構造的問題の中心には、「高齢者の急増」と「現役世代の減少」があります。両者は同時進行で進み、その影響は年を追うごとに深刻化しています。
(1)介護サービス利用者の増加
要支援・要介護認定者は制度開始当初の約250万人から、現在は約700万人規模に増加しました。認定率も上昇し、今後も団塊の世代の後期高齢化によりさらなる増加が見込まれています。
(2)介護費用の増加
介護給付費は約11兆円(2024年度)に達し、制度開始時の約3倍に拡大。高齢者人口が増えるだけでなく、要介護状態が長期化する傾向も費用増の一因です。
(3)支える側(現役世代)の減少
40〜64歳の保険料負担世代は労働人口の中心ですが、少子化の影響でこの層の人口は減少し続けています。「使う人は増えるが、支える人は減る」という構造が、負担増につながっています。
この二重構造により、「保険料の上昇」「財政の圧迫」「地方自治体の負担増」という三重苦が続いています。
3 介護保険料はどこまで上がるのか
高齢化がピークを迎える2030年前後には、介護保険料の増加がさらに加速すると見込まれています。
- 65歳以上の介護保険料(第1号保険料)は、制度開始時は月2,911円でしたが、2024年度には全国平均6,225円へ倍増
- 40〜64歳の現役世代(第2号保険料)も給料からの天引き額が上昇中
これまで保険料の上昇は段階的に進められてきましたが、今後は「現役世代の手取り」を圧迫するレベルに達するとの指摘もあります。
特に自治体によって保険料に大きな差が生じており、地域間格差が拡大している点も課題です。人口減少が進む地方ほど、保険料上昇のスピードは速くなる傾向があります。
4 サービス提供体制の限界:人材不足という現実
財政問題に加えて、介護現場の人手不足も深刻です。
- 介護職員は全国で約220万人
- 2025年には30万人、2040年には約69万人の不足が見込まれる試算もある
人材不足になる理由は、賃金水準の低さ、重労働、離職率の高さなど複合的な要因が挙げられます。
人材不足は、サービスの質の低下や地域差を拡大させ、最終的には介護保険制度そのものを揺るがすリスクがあります。介護報酬の見直しや処遇改善など、現場の改革なくして制度の持続性は確保できません。
5 利用者負担(1割→2割→3割)の議論が避けられない理由
介護保険料の上昇を抑えるためには、給付費を抑えるか、利用者の負担割合を引き上げるかのどちらかが必要です。
現在、一定の所得がある高齢者は2割負担や3割負担となっていますが、その基準を見直す議論が再び浮上しています。2025年末までに検討する項目には以下が含まれます。
- 2割負担の対象拡大
- 所得基準の見直し
- 預貯金要件の導入
- 負担増を緩和する激変緩和措置
この背景には、保険料を支える現役世代の負担が限界に近づいていることがあります。「高齢者間の負担の公平性」をどのように確保するかは、制度改革の核心です。
6 社会保障全体と連動する課題
介護保険単体で改革を完結させることはできません。医療保険や年金制度とも密接に関連しています。
- 医療保険では外来負担やOTC類似薬の見直しが検討中
- 年金制度では標準報酬月額の上限引き上げが決定
- 障害福祉サービスも財政圧力が強まっている
社会保障の三本柱(医療・年金・介護)は相互に影響し合い、どれか一つを動かすと他の制度にも波及します。介護保険の改革は、社会保障全体の持続性を考えるうえでも避けられないテーマです。
結論
介護保険制度は、これまで高齢者の生活を支える重要な役割を果たしてきました。しかし、急速な高齢化と人口減少という現実の中で、現状の仕組みを維持し続けることは困難になりつつあります。財政の圧迫、人材不足、地域格差、現役世代の負担増といった問題が複雑に絡み合い、「制度の持続性」が強く問われています。
改革の議論は負担増が中心になりがちですが、長期的には「誰が、どのように介護を支えるのか」という社会全体の在り方を問いかける議論でもあります。本シリーズでは、この難しいテーマを一つずつ丁寧に整理し、読者の皆さまが自身の将来設計や家族の介護を考える際の判断材料になるよう、次回以降も深掘りしていきます。
出典
- 厚生労働省「介護保険制度の現状と課題」
- 内閣府:高齢社会白書
- 厚生労働省「介護給付費等実態調査」
- 総務省統計局「人口推計」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
