標準報酬月額の上限引き上げは、高所得者を中心に影響が広がる制度改正であり、2027年から段階的に実施されます。本シリーズでは、制度の仕組み、企業への影響、個人の家計や将来の年金への影響、そして実務的な対応方法までを全5回にわたり整理しました。
本稿では、それらの内容を横断的にまとめ、「制度全体をどう理解し、どのように備えていくべきか」をわかりやすく総整理します。
1. 制度改正の全体像
標準報酬月額とは、厚生年金・健康保険などの保険料や給付額を計算する基準となる区分です。
今回の改正では、以下のように段階的に上限が引き上げられます。
- 2027年:68万円
- 2028年:71万円
- 2029年:75万円
現行の65万円から最終的に10万円拡大し、等級も32等級から35等級に増えます。
対象者: 月収66万5,000円以上(賞与含む年収約1,000万円)の会社員
影響範囲: 重く受けるのは高所得者と企業だが、制度改定が給与体系にも波及するため、中所得層にも間接的な影響の可能性あり
2. 高所得者の負担とメリット
(1)負担の増加
標準報酬月額が上がることで、厚生年金保険料が増えます。
- 月約9,100円(実質負担は6,100円ほど)
- 年約11万円の保険料増
加入企業と折半するため、企業も同額の負担増となります。
(2)将来受け取る年金額の増加
負担増と引き換えに、老後の厚生年金額が上昇します。
例:標準報酬月額75万円で10年加入
- 年金:月約5,100円プラス
- 実質:月約4,300円プラス
終身での受給のため、長期的なメリットが大きいことが特徴です。
(3)障害・遺族年金の増額
上限引き上げは老齢厚生年金だけでなく、
- 障害厚生年金
- 遺族厚生年金
にも影響します。
家族保障の厚みが増す点は大きなポイントです。
3. 企業側の影響:給与体系の見直しが加速
企業にとっても保険料負担が増加するため、実務的な見直しが進むと考えられます。
(1)月給抑制・賞与シフト
保険料がかかるのは「月給部分」であるため、賞与の割合を高める企業が増える傾向があります。
(2)評価制度・報酬制度の改定
月給を抑制しつつ、成果型報酬を強める動きが想定され、管理職層の報酬構造が変わる可能性があります。
(3)採用・人件費戦略への影響
外部委託やフリーランス活用が進むなど、組織構造にも変化が及ぶ可能性があります。
4. 個人の家計に生じる変化
企業の給与改定や賞与シフトに伴い、家計にも次のような影響が出ます。
(1)毎月のキャッシュフローの変動
月給が抑制されると、毎月の手取り額が減る可能性があります。
住宅ローン・保険料・教育費などの固定費を中心に見直しが必要です。
(2)賞与依存が高まるリスク
賞与に比重が移ると、
- 手取りの変動が大きくなる
- 年間計画が不安定になりやすい
という課題も生まれます。
(3)ねんきんネットなどで将来の年金見込みを更新
上限引き上げ後は、年金見込み額が変わるため、
「ねんきん定期便」「ねんきんネット」で定期的な確認が必須です。
5. 実務対応チェックリスト(企業と個人)
本シリーズで解説した実務対応ポイントを改めて整理します。
【企業向け】
- 負担増となる従業員数の把握
- 2027〜2029年の人件費試算
- 月給と賞与の支給比率の見直し
- 給与規程・就業規則の改定検討
- 評価制度との整合性チェック
- 社内説明の準備
- 社保手続き・システム改修の確認
【個人向け】
- 標準報酬月額の確認(給与明細)
- 手取り減への備え
- 賞与の使い道のルール化
- 家計のキャッシュフロー表の更新
- ライフプラン表に年金増額を反映
- ねんきんネットで将来の見込み額を更新
6. 制度改正を“チャンス”にする視点
今回の改正は負担増の印象が強いものの、長期的には以下のようなメリットがあります。
- 老後の年金が増え、人生後半の収入が安定
- 障害・遺族保障が充実
- 賞与シフトにより家計管理のリスクへの意識が高まる
- 企業側は生産性や評価制度を見直すきっかけになる
人生100年時代を考えると、公的年金という“終身の収入源”が増えることは、資産寿命を延ばすうえで非常に効果的です。
結論
標準報酬月額の上限引き上げは、高所得者を中心に保険料負担と年金の給付水準を見直す重要な制度改正です。企業の報酬制度にも影響が及ぶため、中所得層を含む多くの会社員の家計に間接的な変化が起こります。
しかし、長期的に見れば老後の年金が増え、障害・遺族保障も手厚くなる点は確かなメリットです。今回の制度改正をきっかけに、企業も個人も「家計と制度の関係」を見直し、長期的な安心につながる備えを進めていくことが大切です。
出典
- 厚生労働省「改正事項について解説した補足資料(概要版)」
- 日本FP協会 コラム(2025年)
- 筆者作成(横断分析)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

