標準報酬月額の上限引き上げは、2027年から段階的に始まり、2029年には75万円まで拡大します。この制度改正は高所得層を中心に影響が及びますが、企業の給与制度や人件費管理にも大きな変化をもたらします。
本稿では、企業・個人それぞれが実務上押さえておくべきポイントを整理し、実務対応に役立つチェックリストをまとめます。改正開始までの2〜4年間で何を準備すべきかを具体的に確認していきます。
1. 企業が押さえるべき実務対応
標準報酬月額の上限引き上げにともない、企業には給与制度・人事制度の見直しが必要となる場合があります。特に高所得者や役職者が多い企業ほど、早期の対応が求められます。
(1)業務・総務部門が確認すべき項目
① 人件費の増加見込みの試算
- 対象となる従業員数の把握
- 標準報酬月額の等級移動の影響(65万→75万円)
- 2027年→2028年→2029年の三段階での負担額の試算
② 賞与シフトによる報酬体系の調整余地
- 月給と賞与の支給比率の現状把握
- 報酬月額維持/賞与増加による制度改定可能性の検討
- 社内規程(給与規程・就業規則)との整合性確認
③ 等級管理と人事評価制度の見直し
- 「月給抑制」が評価制度と矛盾しないか
- 成果報酬型制度との兼ね合い
- 部門ごとの職位・責任に見合った給与体系になっているか
④ 社会保険手続きの運用確認
- 定時決定・随時改定の時期とルールの再確認
- 2027年〜2029年の等級追加に合わせたシステム改修の有無
- 社保担当者への教育や社内説明会の準備
(2)経営層・管理職が押さえるべきポイント
① 人件費の増加が中期経営計画に与える影響
- 人件費上昇による利益率への影響
- 外部委託・採用計画の見直し
- 成果型報酬・役員報酬制度との整合性
② 従業員への説明責任
- 月給が変動する場合の説明
- 賞与比率の変更が家計に与える影響への配慮
- 従業員の反発を生まない説明手法の検討
③ 競争力維持のための賃金設計
- 業界水準との比較
- ハイパフォーマー流出防止に向けた報酬制度の最適化
2. 個人が押さえるべき実務対応
会社員本人も、自分の標準報酬月額がどう変わるのかを把握し、生活費の管理や将来の年金見込みを確認しておく必要があります。
(1)手取りと家計の管理
① 手取り減少の可能性を把握
- 対象者は「月収66.5万円以上」
- 保険料増は月約6,100円(実質)
- 生活費・貯蓄への影響を試算
② 生活費のキャッシュフローを再点検
- 毎月固定費(住宅ローン・保険料・教育費)の確認
- ボーナス依存度が高い家計の見直し
- 年間予算の再設計
(2)賞与シフトへの備え
給与体系が変わった場合、以下の点に特に注意します。
- 賞与で社会保険料も多く控除されるため手取り変動が大きい
- 教育費や住宅ローン返済の時期と合わせて計画的に準備
- 賞与は「生活費」ではなく「積立・投資」の原資として管理する
(3)自分の標準報酬月額を把握する
標準報酬月額は毎年9月に改定されます(定時決定)。
以下を定期的に確認しておくと安心です。
- 給与明細の「標準報酬月額」の等級
- 前年からの変動の理由(残業増・手当増など)
- 賞与支給額と標準賞与額(150万円まで)
(4)将来の年金見込みを更新する
上限引き上げにより年金額が変わる可能性があるため、
- 「ねんきん定期便」で定期的に確認
- ねんきんネットで見込み額を試算
- 加入期間や標準報酬額の変動をチェック
3. 実務チェックリスト(企業・個人共通)
【企業向けチェックリスト】
- 対象従業員の特定(報酬66.5万円以上)
- 人件費増加の試算(2027→28→29年)
- 給与規程・就業規則の改定検討
- 評価制度の整合性チェック
- 賞与比率の見直し
- 社内説明資料・従業員向けFAQの作成
- 社保関連システムの改修確認
【個人向けチェックリスト】
- 自分の標準報酬月額を把握
- 年収と等級の関係を整理
- 手取りの減少を試算
- 家計の固定費・変動費の洗い出し
- 賞与依存の家計になっていないか確認
- 将来の年金見込みの更新
- ライフプラン表を更新
結論
標準報酬月額の上限引き上げは、高所得の会社員だけでなく、企業全体の人件費管理と給与制度に大きな影響を及ぼします。企業は制度改定に向けた中期的な準備が必要であり、個人にとっても手取りの変動やキャッシュフローの変化が生じる可能性があります。
改正開始までには2〜4年の時間がありますが、この期間を活用し、企業・個人ともに余裕を持って備えることが重要です。給与体系の見直しや家計管理の調整を早めに行うことで、今回の制度改正をリスクではなく「長期的な安定への機会」として捉えることができます。
出典
- 厚生労働省「改正事項について解説した補足資料(概要版)」
- 日本FP協会 会員向けコラム(2025年)
- 筆者作成(実務対応プラン)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
