日本の高齢化は世界でも突出した速度で進んでいます。平均寿命だけでなく健康寿命も延び、70代前半でも働き、社会参加を続ける人が珍しくなくなりました。一方、医療費を支える現役世代の負担は年々重くなり、社会保障制度の持続可能性が大きな課題となっています。
近年は「高齢者の定義」そのものを見直す議論が本格化しつつあります。医療の窓口負担の区分や自己負担割合をどう再設計するかは、生活者にとっても重要なテーマです。本稿では、現在の制度の課題と見直し論点を整理し、今後起こりうる制度改正の方向性を解説します。
1. 医療費負担の区分はどうなっているのか
現行制度では、医療費の窓口負担割合は以下のように年齢と所得で決まります。
- 69歳以下:3割負担
- 70~74歳:原則2割(所得に応じて1~3割)
- 75歳以上:原則1割(所得に応じて最大3割)
70歳以上でも所得の高い層は3割負担となりますが、全体として高齢者の負担は低く抑えられています。その背景には、1973年の「福祉元年」に導入された“老人医療費無料化”の流れがあります。後に財政逼迫が問題化し、段階的に自己負担が復活したものの、「高齢者=負担軽減」という考え方は制度に今も色濃く残っています。
2. 健康寿命が延び、70代前半の姿が大きく変化
厚生労働省によれば、健康寿命(日常生活に制限のない期間)は
- 男性 71.9歳
- 女性 74.8歳
と G7 で最長です。
元気なシニアの増加により、75~79歳の1人当たり医療費が、かつての70~74歳より低いというデータもあります。
つまり「高齢者とされてきた年代の“あり方”が大きく変わった」ことが、今の議論の前提にあります。
3. 現行制度の課題
制度が複雑化し、次のような課題が指摘され始めています。
(1) 年齢区分が現在の実態に合っていない
今の制度では70歳を境に急に負担割合が変わりますが、健康状態は人によって大きく異なり、年齢ではなく負担能力に応じた設計が必要との声が高まっています。
(2) 「外来特例」による負担の偏り
70歳以上では、毎月一定額で外来受診できる仕組みがあり、結果として
- 医療費が多くかかる高齢者
- 支える現役世代
の負担のバランスがゆがんでいる点が問題視されています。
(3) 現役世代の負担が膨張
75歳以上の医療を支える財源には、現役世代の「支援金(仕送り)」が組み込まれています。
高齢者の負担割合を据え置いたまま人口構造だけが変化すると、現役世代の保険料が上昇し続けるという構造的な課題があります。
4. 見直し案として浮上している方向性
ここ数カ月で、財務省や与党内、関係団体からさまざまな提案が示されています。
(1) 年齢区分の見直し
- 74歳まで 全員3割負担
- 75~79歳も 原則2割負担
とする案が健康保険組合連合会から提起されています。
(2) 「現役並み所得」の基準見直し
現在は公的年金控除や給与所得控除が厚めに積み上がっており、実態より基準が緩いとの指摘があります。多めの控除により「実は所得が高い層でも1〜2割負担で済むケースがある」ため、適正化が求められています。
(3) 70歳以上でも原則3割負担とする案
財務省は「将来的には70歳以上も原則3割負担へ」という方向性を提示しました。ただし、高齢者の生活への影響は大きく、厚労省は慎重な姿勢を示しています。
5. 制度を「増改築」から「リノベーション」へ
現在の社会保障制度は、時代の変化に合わせて部分的な増改築を続けてきました。しかしその結果、
- 年齢基準が複雑
- 例外規定が多い
- 財源の流れがわかりにくい
という構造になっています。
健康寿命の延伸や働き方の変化を踏まえれば、
“年齢”による一律区分から、“負担能力”や“健康状態”を踏まえた新しい制度設計へ
舵を切る必要がある段階に来ていると言えます。
結論
高齢者の医療費負担の見直しは、単なる「負担増・負担減」の話ではありません。
- 健康寿命の延伸
- 現役世代の負担の限界
- 財政の持続可能性
- 年齢と健康状態の多様化
これらをどう調和させるかという、社会全体の構造問題です。
2025年度中に改革の骨子が示され、2026年度から制度設計に入る見通しです。制度は大きく変わる可能性があり、生活者としても「どの負担が、誰に、どのように影響するのか」を今から理解しておくことが大切です。
高齢化社会は進み続けます。公平で持続可能な制度を構築するために、社会全体で議論を深めていく必要があります。
出典
- 日本経済新聞「社会保障 5つの論点(5)高齢者の定義、見直し構想」
- 厚生労働省「健康寿命に関する統計」
- 健康保険組合連合会 各種提言資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

