政府・与党は、退職金に対する課税制度の見直しを2026年度も実施しない方針を示しました。退職金課税をめぐる改革は、働き方の変化や雇用の流動性向上の観点から長く議論されてきましたが、本格的な制度改正には踏み込めていません。
退職金は人生の大きな節目に受け取る重要な資金であり、制度変更は老後の生活設計にも大きな影響を与えます。今回の記事では、見送りの背景と現行制度の課題、そして今後の論点を分かりやすく整理します。
1 退職所得控除の仕組みと「20年の壁」
現在の退職所得控除は、勤続年数に応じて次のように非課税枠が拡大する仕組みです。
- 勤続20年まで:1年あたり40万円
- 20年を超える分:1年あたり70万円
この設計により、同じ会社に長く勤めるほど控除額が増えるため、結果として税負担が軽くなります。逆に、20年未満で転職を繰り返したり、フリーランスへ移行する人にとっては相対的に不利な制度です。
働き方が多様化している現在において、この「20年の壁」が転職行動を抑制し、労働市場の流動性向上の妨げになっていると指摘されています。
2 改革が3年連続で見送られる背景
政府は2023年の「骨太の方針」で退職所得課税の見直しを明記しました。しかし、実際の税制改正の場では議論が進まず、2024年度、2025年度に続き、2026年度も見送りが確定しました。
見送りの主な理由は次のとおりです。
- 負担増への懸念
退職所得控除の見直しは、制度設計次第で会社員の税負担が増える可能性があります。そのため「サラリーマン増税」との反発が強く、政治的に扱いづらいテーマとなっています。 - 負担軽減策を優先する流れ
旧暫定税率の廃止や、所得税がかかり始める「年収の壁」の引き上げなど、負担軽減につながる与野党協議が同時進行しています。この状況で、負担増に見える退職金改革は議論しにくいと判断されたとみられます。 - 老後不安への配慮
退職金は老後資金の柱の一つであり、制度変更が不安を増幅させる恐れもあります。十分な説明や経過措置がなければ混乱が生じるため、慎重姿勢が続いています。
3 見送りによる影響と今後の論点
改革の先送りが続くことで、以下の課題は残り続けます。
- 終身雇用前提の優遇が温存される
長期勤続モデルに適した制度が残ることで、転職・独立を前提とした新しい働き方との整合性が取れません。 - 労働移動の促進が遅れる可能性
生産性向上や成長産業への人材移動を促す政策と、退職金制度の設計が一致しない状態が続きます。 - 制度の不公平感
勤続年数が短い人ほど控除額が少なくなるため、働き方の選択に不平等が生じると指摘されています。
一方で、制度改正には老後の生活設計に直結する重大な影響があるため、実施する際には
・十分な経過措置
・移行期間の明確化
・受給者ごとの不利益調整
が欠かせません。
政府は今後も働き方改革や雇用流動性向上を重視する姿勢を示しています。退職所得控除の改革は中長期的には避けられないテーマであり、改めて議論再開が求められる分野といえます。
結論
退職金課税の見直しは、労働市場改革、働き方の多様化、老後資金の確保という複数の重要課題が関わるテーマです。2026年度も改革が見送られたことで、現行制度は当面維持される見通しですが、課題は解決されたわけではありません。
今後の制度設計にあたっては、
働く世代への公平性、転職や独立を選びやすい環境づくり、老後不安への丁寧な配慮
の3点を両立させることが求められます。
退職金制度は人生設計に大きな役割を果たします。制度変更の可能性を理解しながら、個々人が自分の働き方と老後資金計画を見つめ直すことが重要です。
出典
・日本経済新聞「退職金課税の改正3年連続見送り 政府・与党」
・政府「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」ほか関連資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

