リチウム・ニッケルの“電池戦争”——EV普及と資源争奪の最前線(第3回)

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世界的な脱炭素の流れを背景に、自動車産業では電気自動車(EV)シフトが一気に進んでいます。EVの普及を左右するのが「バッテリー」と、その素材となるリチウム・ニッケル・コバルトなどの金属資源です。
これらの価格変動は自動車メーカーの収益だけでなく、最終的には車両価格や家計負担にも直結します。本稿では、電池素材をめぐる国際的な争奪戦の実態と、素材価格が動く構造を整理します。

1. EV普及が生む“素材需要の大波”

EVのバッテリーには大量の金属が必要です。とくに需要が急増しているのが以下の3つです。

  • リチウム:バッテリーの電解質に不可欠
  • ニッケル:長距離走行を可能にする高エネルギー密度電池に必要
  • コバルト:安定性を高める役割(最近は使用量を削減する方向)

IEA(国際エネルギー機関)は、
「EV需要により2050年までにリチウム需要は約6倍、ニッケルは約2倍に増える」
と試算しています。

世界のEV市場が拡大するほど、素材需要も“階段状”に増える構造です。


2. リチウムの争奪が激しい理由

(1)EVの普及ペースが予想を上回っている

欧州や中国ではEV比率が急伸し、一部の車種ではエンジン車を上回る勢いです。
リチウムは蓄電池の核であり、代替が効きにくいため、需給が逼迫しやすいという特徴があります。

(2)価格は乱高下しやすい

リチウム価格は2021〜2023年に急騰し、2024年には調整を経て再び上昇基調に転じました。
背景には、

  • 供給地域の偏在(南米・豪州に偏る)
  • 中国の精製能力への依存
  • 投機資金の流入
    があります。

特に中国はリチウム精製で7割前後を占めており、地政学リスクが価格変動要因となっています。


3. ニッケル価格を動かす“インドネシア問題”

(1)EVバッテリーにとっての重要性

長距離走行が求められるEVでは、高エネルギー密度を持つ「NCM系」「NCA系」バッテリーが主流で、この中心素材がニッケルです。

(2)インドネシアが価格形成の中心に

ニッケルの供給は インドネシアが世界シェアの約半分 を占めます。

同国では、

  • ニッケル鉱石の輸出禁止
  • 国内での精錬義務化(付加価値の取り込み)
  • 中国企業による巨額投資・共同開発
    が進んでおり、価格形成は地政学と密接に関わるものとなっています。

(3)価格のボラティリティが大きい理由

  • インドネシアの政策が変わると、世界の供給バランスが大きく動く
  • 精錬プロセスの環境負荷が高く、規制の影響を受けやすい
  • 中国との協力・対立が価格に反映される

このため、ニッケル価格は上昇と調整を繰り返しながらも、中長期では上向き圧力がある とみられています。


4. コバルトは“脱コバルト”の潮流が進むが依然重要

(1)課題は人権問題と供給集中

コバルトは安全性向上に有効ですが、世界供給の約7割がコンゴ民主共和国に集中しており、

  • 労働問題
  • 政情不安
    が国際課題となっています。

(2)メーカーは使用量を減らす方向

テスラや欧州メーカーは “脱コバルト化” を進め、

  • NCMバッテリーの比率を減らす
  • コバルトフリー技術の開発
    に取り組んでいます。

ただし、産業向け機器や航空用途では依然として必要で、急速に消える素材ではありません。


5. LFP(リン酸鉄リチウム)が台頭する理由

最近は、ニッケルやコバルトを使わないLFPバッテリー(リン酸鉄リチウム電池) の採用が増えています。

メリット

  • 安価
  • 安全性が高い
  • 使用する素材の調達リスクが低い

課題

  • 低温性能
  • 航続距離はやや短い

中国勢の躍進により、世界のEVに占めるLFP比率は増加しています。
今後は用途に応じて
「長距離=NCM(ニッケル)」
「短距離=LFP」

という住み分けが広がる見通しです。


6. 日本企業は素材調達の“再設計”が必要

(1)素材価格が車両価格を左右する時代

自動車メーカーは、

  • 素材価格の変動
  • 地政学リスク
  • サプライチェーンの多様化
    に対応する必要があります。

特にリチウム・ニッケル価格の変動は車両価格に直結し、家計負担にもつながるため、安定調達が重要です。

(2)日本勢が取るべき方向性

  • 鉱山権益の確保(豪州・南米)
  • 盟友国との共同調達(米国・カナダ)
  • リサイクル(サーキュラーエコノミー)強化
  • LFPとのハイブリッド戦略
  • 電池の国産化・内製化の加速(全固体電池も含む)

脱炭素は素材調達競争でもあり、日本企業の競争力を左右します。


結論

EV普及は「自動車の変革」であると同時に、「資源の争奪戦」を加速させています。リチウム・ニッケル・コバルトはその中心にあり、供給地域の偏在や地政学リスクが価格変動を大きくしています。
一方、LFPの台頭や技術革新により、電池素材の構図も変化しつつあります。

今後のEV市場の行方を占ううえで、バッテリー素材の需給構造を理解することは欠かせません。素材価格は車両価格や家計にも波及するため、脱炭素と資源価格の関係は、生活者にも重要なテーマとなっています。次回はレアアースと地政学リスクに焦点を当て、風力発電・モーター産業を支える“見えない戦略資源”を解説します。


出典

・国際エネルギー機関(IEA)
・UN Comtrade(金属資源統計)
・主要素材レポート(各国政府・業界団体)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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