年収の壁はひとつではない 税と社会保険の“複数の壁”を正しく理解する

FP

「年収の壁」という言葉を耳にする機会が増えています。年収が一定ラインを超えると税負担や社会保険料の支払いが始まり、手取り収入が一時的に減る「働き控え」の要因とされるテーマです。一方で、生活者からの注目度が高いにもかかわらず、内容を正確に理解している人は多くありません。

その理由の一つは、「年収の壁」が複数存在していることです。税金に関する壁と社会保険に関する壁が混在しており、制度改正によって基準が変わっているものもあります。本稿では、2025年以降の最新改正を踏まえながら、年収の壁を整理し、働き方を考える際のポイントをまとめます。

1. 年収の壁は「税」と「社会保険」で別物

混同されがちなポイントは、年収の壁が一つではなく、税の壁と社会保険の壁が別々に存在していることです。制度の目的も負担発生の仕組みも異なります。


2. 税に関する「年収の壁」

●(1)住民税の壁:年収100万円 → 2026年度から110万円

多くの自治体では、前年の給与収入が100万円を超えると住民税の均等割が発生します。
2026年度からは基準が 110万円へ引き上げ られます。

※所得割の基準は自治体により異なる場合があります。


●(2)扶養の壁(所得税):2025年改正で大きく変更

これまで「103万円の壁」と呼ばれていましたが、2025年改正で基準が大幅に引き上げられました。

  • 配偶者控除を受けられる上限:103万円 → 123万円
  • 配偶者特別控除の満額が受けられるラインも
    150万円 → 160万円へ引き上げ

税制上の壁は、配偶者を扶養する側の所得税額に影響します。


3. 社会保険に関する「年収の壁」

社会保険の壁は、加入義務の発生=保険料が発生するラインです。

●(1)106万円の壁(2025年改正で撤廃予定)

これまでは、以下の4要件を全て満たす場合に社会保険加入が義務化されていました。

  1. 従業員51人以上の企業
  2. 週20時間以上勤務
  3. 月収88,000円以上(年収106万円相当)
  4. 学生ではない

しかし、2025年の年金制度改正によって次のように大きく変わりました。

  • 企業規模要件(1)撤廃へ
  • 賃金要件(3)撤廃へ
  • 必要なのは 週20時間以上学生ではないこと のみ

最低賃金の上昇を踏まえると、2026年春にも事実上「106万円の壁」が消滅する見込みです。


●(2)130万円の壁

勤務先が「106万円の壁」の対象でない場合、
年収130万円以上で配偶者の社会保険扶養から外れ、自身で加入します。

※学生アルバイトには適用されません。


●(3)学生扶養の壁:150万円へ(2025年改正)

19〜23歳の学生について、150万円以上で社会保険の扶養から外れる ようになりました。
これは、税制の扶養控除の基準(150万円)に合わせた運用です。


4. 2025年改正は「社会保険の適用拡大」が柱

今回の改正の大きな目的は、短時間労働者の社会保険の適用拡大です。

●企業規模要件の撤廃(段階的に実施)

従来は50人以下の会社では加入義務がありませんでしたが、
今後10年かけて段階的に中小企業にも拡大されます。

●個人事業所の扱いも拡大

法定17業種に限られていた適用対象が、
常時5人以上の全業種へ拡大(2029年)。
5人未満も任意加入を促進する方針です。


5. 社会保険加入にはデメリットだけでなくメリットも

社会保険加入によって「手取りが減る」という側面が注目されがちですが、働く人にとってはメリットも大きい制度です。

●メリット

  • 厚生年金に加入することで将来の年金額が増える
  • 勤務先の健康保険により
    傷病手当金・出産手当金などの給付が受けられる
  • もともと国民健康保険・国民年金に加入していた人は、
    会社が半分の保険料を負担してくれる

短時間労働者のうち約3割が第1号被保険者(国民年金・国保加入)であり、こうした人にとって負担軽減効果は大きくなります。


6. 政府の支援策:事業主負担を補う仕組み

新たに加入が必要となるパート労働者について、
3年間の特例として事業主の保険料負担を軽減する制度が設けられています。

例:年収106万円のパート

  • 本来は労使折半
  • 特例では 労働者25%:事業主75%
  • 事業主の追加負担分は国が全額補助

中小企業・小規模事業所にも配慮した仕組みです。


7. ライフプラン・働き方の見直しにつながる制度

「目先の手取り減」だけで判断すると誤った働き方の調整を生む可能性があります。
しかし、今回の改正は次のような視点を持つことで、より前向きに活用できます。

  • 世帯収入を上げたい場合は、支援策が手厚い「今」が壁超えのチャンス
  • 社会保険加入をきっかけに、生命保険や医療保険の見直しができる
  • 自分のキャリアや働き方を再評価する契機になる

■結論

「年収の壁」は、税と社会保険の双方に複数存在しており、それぞれの基準や影響は大きく異なります。特に2025年の改正では、社会保険の適用範囲が広がり、106万円の壁は実質的に撤廃される見通しです。

一方で、社会保険加入は将来の年金や保障の厚みを増すメリットもあります。短期的な手取り額だけでなく、ライフプランと働き方の希望、世帯全体の収入構造を踏まえて判断することが大切です。生活者、事業主、専門家のいずれにとっても、今回の改正は「働き方を見直す重要なタイミング」だといえるでしょう。


■出典

・厚生労働省「年金制度改正法 関連資料」
・総務省資料
・国税庁資料
・地方自治体の住民税制度
(上記を参考に筆者作成)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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