スタートアップの資金調達といえば、これまで日本では「株式調達(エクイティ)」と「IPO(新規株式公開)」に大きく依存してきました。しかし近年、第三の選択肢として「ベンチャーデット(スタートアップ向け融資)」が急速に存在感を高めています。日本では市場規模がまだ小さいものの、2024年にはファンド経由の供給額が前年比7倍となり、大手金融機関が相次いで参入しています。
今回の記事では、ベンチャーデットの急増背景、特徴、日本のスタートアップにとってのメリット・リスクを解説し、日本の資金調達エコシステムが転換点を迎えていることを考察します。
1 ベンチャーデットとは何か
ベンチャーデットは、新興企業が株式を発行することなく、融資によって成長資金を確保できる手段です。特徴的なのは以下の点です。
- 株式の希薄化を避けられる(既存株主の持分が減らない)
- 担保が乏しい赤字企業でも借りられる(通常の銀行融資では難しい)
- 新株予約権(ワラント)を付けてリスクを調整
- 短期間で実行されるケースも多い
米国ではスタートアップに積極融資する中小銀行が増え、貸出金残高の10〜15%を占めるケースもあります。日本でも同様の流れが加速しつつあります。
2 急増の背景:VC(ベンチャーキャピタル)の苦境
2024年、ベンチャーデットの資金供給は前年比7倍の約4億6900万ドル(約700億円)と大幅に伸びました。その背景には、VCを取り巻く厳しい環境があります。
- 企業価値(バリュエーション)の過大評価が顕在化
- 投資資金の回収(エグジット)が難しくなった
- IPO市場の停滞(東証グロース市場の基準厳格化)
VCが資金供給の主役であり続けることが難しい環境の中で、スタートアップ側も株式以外の調達手段を求めるようになり、ベンチャーデットのニーズが高まったといえます。
3 金融機関が相次ぎ参入:証券会社・メガバンク・地銀まで
大手金融機関の動きも顕著です。
■ 東海東京フィナンシャルHD
- SDFキャピタルへの出資で株式を33.5%取得
- 国内初の「証券会社によるベンチャーデットファンドのグループ化」
- グループのIPO支援・VC投資と連携し、スタートアップを一貫支援
SDFキャピタルは10年以上の新興企業支援実績を持ち、最短2週間で融資実行できる体制が特徴です。
■ みずほフィナンシャルグループ
- フィンテック企業「UPSIDER」を子会社化
- 2024年7月に143億円規模ファンドを立ち上げ
■ りそな銀行
- 2028年度までに1000億円規模の融資計画
■ 地方銀行(地銀)
- 静岡銀行は2027年度までに貸出残高1000億円を目標
- 有力スタートアップとの関係構築が狙い
大手から地銀まで参入が相次いでおり、日本の金融業界としても重要な成長分野と位置づけています。
4 スタートアップにとってのメリット
ベンチャーデットが支持される理由は、以下の明確な利点があるためです。
(1)株式の希薄化を避けられる
研究開発型(ディープテック)やプロダクト開発に時間がかかるスタートアップは、何度もエクイティで調達すると株主構成が大きく変わります。
ベンチャーデットは持分を守りたい創業者に特に有効です。
(2)赤字でも借りられる
新株予約権の付与により、金融機関はリスクをヘッジできます。そのため、通常融資では難しい企業も対象になります。
(3)既存株主との調整が比較的容易
業績が伸び悩む企業でも、既存株主の合意を得やすく、新規の資金調達に踏み切れるというメリットがあります。
5 リスクと注意点:急成長と破綻の二面性
ベンチャーデットは強力な選択肢である一方、リスクも存在します。
- 返済義務があるためキャッシュフローが悪化すると資金繰りが厳しくなる
- ワラント行使により最終的に株式希薄化が起こる場合もある
- 審査のため専門性の高い資料・事業計画が求められる
- 米シリコンバレーバンク(SVB)の破綻のように金融機関側のリスクも大きい
金融庁も、スタートアップ融資に積極的な金融機関に対し専門人材の確保・審査体制の強化を促しています。
6 日本のスタートアップ資金調達は転換点へ
日本のベンチャーデット比率はまだ数%程度にとどまります。
一方で米国では2018年の時点で15%程度を占めていました。
今後、日本でも
- VC資金だけに依存しない
- 公募増資・IPOだけに頼らない
- 地銀や証券会社まで含めた多様な資金供給網
が広がることで、スタートアップの成長ステージに応じた「最適な資本構成(デット+エクイティ)」を設計する流れが強まると考えられます。
結論
ベンチャーデットの急増は、日本のスタートアップ資金調達が転換期を迎えていることを象徴しています。従来の株式中心の調達から、デット(融資)とエクイティのバランスを取りながら成長を図る時代へ移りつつあります。
金融機関にとっても新たな成長市場となり、スタートアップにとっては株式希薄化を抑えつつ柔軟な資金調達が可能になります。
ただし、返済義務というデメリットもあるため、資金用途・返済計画・キャッシュフロー管理を慎重に行うことが不可欠です。
日本のスタートアップエコシステムが成熟していく上で、ベンチャーデットはますます重要な存在になるといえるでしょう。
出典
- 日本経済新聞「新興向けファンド融資7倍」(2025年11月13日)
- 経済産業省「スタートアップの資金調達に関する調査」
- 金融庁「スタートアップ融資に関する金融機関向け注意喚起」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

