75歳以上の高齢者で、株式などの配当収入が同じ年500万円でも、医療保険料の負担額が 1万5000円の人と、52万円の人に分かれる――。財務省が示したこの試算は、社会保障制度に潜む「見えない格差」を浮き彫りにしています。
差が生まれる理由は、単に所得の多寡ではありません。確定申告をしているかどうかという手続きの違いだけで、保険料も医療費の窓口負担割合も、大きく変わってしまう現行制度の仕組みにあります。
今回は、この「金融所得の保険料反映」をめぐる議論を整理し、制度改革の論点を補足します。
1. なぜ同じ配当収入でも保険料に大きな差ができるのか
医療保険料や介護保険料は、給与所得や年金所得などを基準に決まります。一方で、上場株式の配当や利子といった金融所得は 確定申告をした場合に限り、翌年の保険料に反映されます。
- 確定申告した人:金融所得が「所得」として扱われ、医療保険料が増える
- 申告しない人:金融所得は保険料に反映されず、負担が軽いまま
たとえ多額の配当収入があっても、未申告であれば自治体はその情報を把握できません。そのため、金融資産を多く持つ高齢者ほど「申告しない方が保険料が安い」という結果になりやすく、制度の公平性に疑問が生じています。
さらに、大きな影響が出るのが 医療費の窓口負担割合 です。
- 未申告 → 1割負担
- 申告済み → 3割負担
所得があるにも関わらず、申告の有無だけで負担割合が変わる点は、現行制度の大きな課題とされています。
2. 政府・与野党の問題意識と改革の方向性
自民党・維新の連立合意書では、金融所得を医療保険料などに反映する制度設計を「2025年度中に実現」 と明記しました。両党が社会保障改革の協議会を設置し、金融所得の把握を優先的に検討する姿勢を示しています。
改革の背景にあるのは以下の問題です。
● 高齢者の金融資産は厚く、現役世代は薄い
総務省の調査では、
- 60代以上の平均金融資産:1800万~2000万円台
- 30代の平均金融資産:500万円台(負債1000万円超も)
という大きな差があります。
● 後期高齢者医療制度の4割は“現役世代の仕送り”
後期高齢者医療の財源の約4割は、現役世代らが払う保険料で支えられています。
所得の高い高齢者に適切に負担してもらう「応能負担」を徹底しなければ、現役世代の保険料上昇が止まりません。
3. NISAは対象外へ――金融所得反映の実務上の設計
厚生労働省は、金融所得を保険料に反映する際に NISA口座を対象外とする方針 を示しています。
これは、「現役世代の資産形成を妨げない」という政策意図に基づいています。
対象として想定されているのは以下の制度です。
- 後期高齢者医療制度
- 国民健康保険
- 介護保険
一方、会社員向けの健康保険(被用者保険)は当面対象外です。確定申告とは関係なく給与ベースで保険料が決まる仕組みであり、制度変更のハードルが高いためです。
4. 実務上の課題:データ連携と自治体負担
金融所得の把握には、証券会社等が国税庁に提出する 法定調書データ を自治体にも連携させる仕組みが必要です。
しかし、ここにはいくつかの課題があります。
- デジタル化の進展が前提
- 個人情報の正確な照合のためのマイナンバー活用が不可欠
- 自治体に大きな事務負担が発生する可能性
- データ照合の誤りは保険料にも直結するため慎重さが必要
制度を急いで前に進めるだけでなく、現場で運営できる設計にしなければ、負担軽減どころか混乱を招きかねません。
結論
金融所得がある高齢者の医療保険料の扱いは、これまで“見えにくい領域”でした。申告の有無で負担が大きく変わる構造は、現役世代の負担増を背景に、見直しが避けられない段階に来ています。
ただし、制度改正にはデータ連携・自治体事務・NISAの扱いなど、慎重な設計が求められます。
所得に応じた「応能負担」をどこまで徹底するかは、社会保障制度全体の持続性に直結する問題であり、今後の議論を継続的に追う必要があります。
出典
- 日本経済新聞「社会保障 5つの論点(3)75歳『億り人』軽い保険料」(2025年11月13日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

