税理士は「納税者の代理人」でありながら、「公正な課税の担い手」でもあります。
その立場は、国税と納税者という二つの力の“はざま”にあります。
適正な申告を支援しつつ、依頼者の利益を守り、同時に社会全体の税の公平を保つ――。
税理士という専門職の使命は、目立たないようでいて、国家の信頼を支える重要な役割を担っています。
今回は、その使命の本質と、現代の税理士に求められる「説明責任」と「倫理」を考えます。
1. 税理士の社会的役割
税理士法第1条には、「税理士は、独立した公正な立場において、納税義務の適正な実現を図る」と定められています。
この条文は、単に「申告書を作る人」というイメージを超え、
税理士が「税の公正を守る専門家」であることを示しています。
税務の世界では、誰もが主観的に「正しい」と思う立場を持っています。
経営者は「会社を守りたい」、国税は「公平を保ちたい」。
その間に立つ税理士こそ、社会の“通訳者”であり、
両者の橋渡し役として冷静な説明と調整を行う存在なのです。
2. 書面添付制度 ― 「説明責任」を可視化する
税理士法第33条の2に基づく「書面添付制度」は、
税理士が申告内容をどのように検証・判断したかを明記する制度です。
この制度の意義は二つあります。
- 納税者の信頼を守る:税理士の専門的な関与を明示することで、国税の調査対象から外れるケースもある。
- 社会的責任を示す:判断過程を記録することで、税理士自身の説明責任を果たす。
たとえば、交際費の範囲や貸倒損失の計上など、判断が分かれる論点では、
「なぜその処理を採用したのか」を書面に残すことが、将来のトラブルを防ぐ最善策となります。
つまり書面添付とは、税理士の思考と倫理を記録する制度なのです。
3. 調査対応と信頼構築
税務調査の現場では、税理士の立会い方一つで、調査の方向が大きく変わります。
感情的に反発するのではなく、論点を整理し、事実と法令に基づいて説明する。
調査官に対して「主張ではなく根拠」で対話する姿勢が、
納税者を守り、同時に国税との信頼関係を築く基盤となります。
また、調査の結果に納得できない場合も、安易に対立構造を作らず、
修正申告・異議申立・審査請求といった正規のプロセスで異議を申し立てることが大切です。
税理士は「闘う代理人」ではなく、「正しく導く伴走者」。
調査を「敵対」ではなく「説明の場」と捉え直す視点が求められます。
4. 税理士倫理 ― 専門職の根幹
税理士倫理規程第2条では、「税理士は、社会的信頼を保持し、品位を高めるよう努めなければならない」と定められています。
税理士の判断が信頼されるのは、単に知識があるからではなく、
職業倫理に裏打ちされた独立性を保っているからです。
特定の依頼者に偏らず、事実と法の整合性を第一に置くこと。
「依頼者の利益」と「社会の公正」のどちらにも誠実であること。
そのバランス感覚が、真に信頼される税理士を形づくります。
近年、AIやクラウド会計が業務を効率化する一方で、
最終判断の「倫理」は人間にしか下せません。
AIが計算を支え、税理士が説明を担う――。
この役割分担が、次世代の税務行政を形づくる鍵になるでしょう。
5. FP・会計専門職との連携
税理士は、今や税金の専門家にとどまりません。
資産管理、相続、事業承継、ライフプラン設計など、FPや公認会計士との連携領域が広がっています。
とくに中小企業や個人事業主にとって、
「税金を減らす」よりも「事業を継続できる」ことが最大の目的です。
税理士が経営者の隣で“財務の参謀”として寄り添うことは、
納税者の安心と国の安定、両方を支える新しいかたちの公共性といえます。
結論
税理士の使命は、「税金を計算すること」ではなく、
社会の信頼を数字で可視化することにあります。
書面添付や調査対応を通じて、税の透明性を高め、納税者と国税をつなぐ。
その姿は、見えないところで社会の公正を支える「公共の専門職」です。
次回(第4回)は、
「税を支える人々(第4回) 納税者の自律 ― 誠実な申告が社会を変える」
をお届けします。
出典
- 日本経済新聞「国税は納税者の敵なのか」(2025年11月11日付)
- 日本税理士会連合会『税理士倫理規程(2024年版)』
- 国税庁「書面添付制度の運用と税務調査」
- 日本FP協会『職業倫理と専門職連携のガイドライン』(2024年)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
