国税の現場 ― “見えない行政力”の実像

税理士
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「税務署」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは「調査」「徴収」「査察」などの言葉かもしれません。
しかし、国税の現場は単なる“取り立て機関”ではありません。
社会の中で税の公平を守る「静かな行政力」として、日々膨大なデータと事実を相手にしています。

目立つことは少ないけれど、確実に社会を支えている――。
今回は、国税の現場を支える人々と、その仕組みを見ていきます。

1. 3つの機能 ― 「課税」「徴収」「査察」

国税組織の中核を担うのは、次の3つの機能です。

  • 課税部門:法人税・所得税・相続税などを調査・更正。税務署の最前線。
  • 徴収部門:滞納税の回収や納税猶予などを担当。企業再建や生活支援にも関与。
  • 査察部門(マルサ):悪質な脱税を刑事事件として立件。裁判所令状に基づく強制調査を行う。

これらの部門が連携し、1年を通して「正しい税」を確保しています。
2023事務年度には、法人税・消費税・所得税・相続税などの追徴税額が5753億円に上り、
そのうち本税だけで4731億円
税務調査がなければ失われていたであろう税収は、全国の公立小中学校の給食無償化に匹敵する規模です。


2. 「公平を守る」ための調査という仕事

税務調査というと、どうしても「抜き打ち」「怖い」といった印象を持たれがちです。
しかし、調査の多くは、統計的な分析やAIによるデータ抽出に基づいて実施されています。

調査官は、企業の申告内容と他のデータベース(預金情報、仕入・販売先、電子取引情報など)を突合し、
不自然な取引や利益率の変動を検証します。
目的は「不正の摘発」ではなく、「適正な申告との乖離を把握すること」。
国税の現場は、膨大なデータの海から「公平性を守るための異常値」を探し出す“データ行政”へと進化しています。


3. 滞納整理 ― “最後の防波堤”としての徴収現場

徴収部門の仕事は、決して強制的な差し押さえだけではありません。
むしろ、納税者の経済的実情を踏まえた「再建支援」に重点が置かれています。

2024年度には、9925億円の新規滞納が発生しましたが、
徴収部門はそこから9488億円を回収しました。
単なる数字以上に重要なのは、「滞納者の9割以上が再び自主納税に戻っている」点です。

徴収担当者は、資金繰りに苦しむ中小企業や、相続税を支払えない遺族などに寄り添いながら、
分納・猶予・資産整理といった選択肢を提示します。
その姿は「取り立て屋」ではなく、「社会的セーフティーネットの管理者」に近い存在です。


4. 国税を支える専門性と使命感

国税職員は、法律・会計・ITなど多様な専門性を持ち、平均すると10年以上の現場経験を積んでいます。
調査官は「納税者の信頼を損なわないよう、冷静に事実を確認すること」が基本姿勢です。
ときに裁判まで発展する事案を担当しながらも、法令と倫理に基づき判断を下します。

また、税務署は「顔の見える行政」を重視しており、
確定申告期には窓口で数万人の相談を受け、納税者支援調整官など専門職による助言も行います。
こうした“地道な対話の積み重ね”が、税制度への信頼を支えています。


5. AI・DXで変わる税務行政

近年、国税庁はAIやビッグデータを活用した調査選定を進めています。
不正取引のパターン検出、インボイス制度下での取引マッチング、
さらには電子帳簿保存法対応状況の自動分析など、テクノロジーが現場を支えています。

同時に、納税者との「対話の質」を高める取り組みも進行中です。
オンライン面談、e-Tax拡充、クラウド会計連携など、
国税の現場は“紙と印鑑の時代”から“データと信頼の時代”へと変わりつつあります。


結論

国税の仕事は、「徴税」ではなく「信頼の管理」です。
公平であること、説明ができること、そして感情ではなく事実で判断すること。
この三つを守ることが、税の信頼を支える根幹です。

税を取る人・支える人・納める人――。
そのどれが欠けても、社会は成立しません。
見えないところで「税の公平」を守る国税の行政力こそ、
民主社会のインフラといえるでしょう。


出典

  • 日本経済新聞「国税は納税者の敵なのか」(2025年11月11日付)
  • 国税庁「令和5事務年度 税務行政の現状と課題」
  • 国税庁「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進方針」

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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