共働き世帯の増加に伴い、「年収の壁」はもはやパートや学生だけの問題ではなくなっています。
配偶者の勤務形態、社会保険の加入状況、子どもの年齢や扶養控除などが複雑に絡み合い、世帯全体の手取りに大きく影響します。
一見すると「働く時間を減らした方が得」と思われがちですが、FPとしては短期的な税負担だけでなく、将来の社会保障と家計全体の安定性を考慮する必要があります。
本稿では、共働き世帯の事例を用いながら、年収の壁をどのように乗り越え、最適な働き方を選ぶかをシミュレーションを交えて考えます。
1.共働き世帯に影響する主な壁
共働き世帯において、影響が大きいのは次の3つのラインです。
| 区分 | 主な基準 | 世帯全体への影響 |
|---|---|---|
| 103万円の壁 | 配偶者の所得税・住民税が発生 | 扶養控除喪失により、世帯の所得税が増加 |
| 106万円/130万円の壁 | 社会保険の扶養から外れる | 健康保険・年金の自己負担が発生 |
| 150万円の壁 | 配偶者控除の減額開始 | 世帯の所得税・住民税が段階的に増加 |
とくに共働きの場合、「社会保険の扶養喪失」と「配偶者控除の減額」が重なると、手取りの減少幅が想定以上に大きくなることがあります。
FPは、税・社会保険・家計全体を俯瞰して、「壁を超えるか」「維持するか」を試算することが求められます。
2.シミュレーション①:配偶者が年収130万円で働く場合
夫(会社員・年収600万円)、妻(パート勤務・年収130万円)のモデルを例にします。
| 項目 | 年収103万円 | 年収130万円 | 年収160万円 |
|---|---|---|---|
| 妻の所得税・住民税 | 0円 | 約5,000円 | 約15,000円 |
| 妻の社会保険料 | 0円 | 約20万円 | 約25万円 |
| 夫の税負担(扶養控除) | 減税あり | 減税なし | 減税なし |
| 世帯手取り(概算) | 約703万円 | 約705万円 | 約720万円 |
130万円の壁を超えると、妻の社会保険料負担が発生する一方、厚生年金の加入により将来の年金額が増加します。
年金制度上、130万円超の働き方は「短期的には損・長期的には得」となるケースが多いといえます。
3.シミュレーション②:子育て期の共働き
夫(年収550万円)、妻(年収160万円・社会保険加入)、子ども2人(大学生・高校生)の世帯では、配偶者特別控除と扶養控除が組み合わさります。
妻が社会保険に加入することで、健康保険の被扶養者から外れるため、家族の保険料負担がやや増加します。
しかし、将来の年金受給資格が妻自身にも発生し、老後の世帯年金額は年間約30万円以上増える試算もあります。
FPとしては、このようなケースで「いまの手取り」よりも老後の年金収入・医療保障の充実を説明し、長期的な家計プランとしての価値を可視化することが重要です。
4.壁を越える際のFP実務ポイント
年収の壁を越える選択をサポートする際、FPが押さえるべき実務のポイントは以下のとおりです。
- 社会保険料と手取りの比較を「月額」で提示する
年収ベースでは差が小さく見えても、月々の支出構成を見える化することで実感が伝わりやすくなります。 - 将来の年金受給見込みをシミュレーションする
130万円超の働き方は、老後の年金増額や医療給付の充実を数値で説明することが効果的です。 - 配偶者控除・特別控除の段階的減額を把握する
所得金額ごとに控除額が逓減するため、具体的な減少額を世帯合算で算出します。 - 働き方の柔軟化を提案する
「扶養を外れるか残るか」の二択ではなく、社会保険加入後のベストライン(たとえば160万円前後)を提案します。
FPのアドバイス価値は、「壁の存在を恐れずに、最も合理的なラインを見つける」ことにあります。
結論
共働き世帯にとっての「年収の壁」は、もはや単なる税金や保険料の問題ではありません。
世帯単位の生涯収入と保障のバランスを最適化するための判断ポイントです。
短期的な手取りだけに注目すると、「働きすぎると損」と感じがちですが、社会保険加入による年金増額や保障拡充を含めると、長期的には「壁を越えた方が得」になる世帯も少なくありません。
FPは、税・社会保険・家計を一体的に分析し、「数字で納得できる働き方」を設計する専門家としての役割を果たすことが求められます。
「壁を避ける」のではなく、「壁の向こうを見据える」。
それが、共働き世帯が安定した未来を築くための第一歩です。
出典
- 日本経済新聞「<お金のリアル>年収の壁(中)『あと8万円働ける』」(2025年11月8日)
- 財務省「所得税法上の配偶者控除・特別控除制度」
- 厚生労働省「社会保険の適用拡大に関するQ&A」
- 日本年金機構「標準報酬月額と将来の年金額試算」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
