「そろそろシフトを減らした方がいいかも」。
年末が近づくと、パートやアルバイトの方が口にする言葉です。いわゆる「年収の壁」を意識した働き控えが、日本各地で広がっています。
しかし、その「壁」は一枚ではありません。税制上と社会保険上では基準が異なり、さらに2025年の税制改正で高校生や大学生の親の扶養控除も見直されました。
ファイナンシャル・プランナー(FP)としては、この複雑な仕組みを正しく理解し、家計とライフスタイルに応じた働き方を提案することが重要です。
1.「扶養の壁」はどこにあるのか
代表的な年収の壁は次のとおりです。
| 区分 | 主な基準 | 内容・影響 |
|---|---|---|
| 税制上の壁 | 103万円 | 所得税・住民税が発生(親の扶養控除対象外) |
| 税制上の壁 | 150万円 | 配偶者控除が段階的に減額される(配偶者特別控除) |
| 社会保険上の壁 | 106万円 | 一定規模の企業(従業員501人以上等)では社会保険加入義務 |
| 社会保険上の壁 | 130万円 | 年収130万円を超えると原則として被扶養者資格喪失 |
| 配偶者控除限度 | 201万円 | 年収がこの額を超えると控除なし |
このように「壁」は複数あり、税制・社会保険・家計の3側面で異なる影響をもたらします。
2.シミュレーション事例①:年収103万円と130万円の比較
専業主婦のAさん(40歳)がパート収入を得ているケースを想定します。
| 年収103万円 | 年収130万円 | |
|---|---|---|
| 所得税・住民税 | 0円 | 約5,000円 |
| 社会保険料 | 0円 | 約20万円(健康保険+厚生年金) |
| 手取り額 | 約103万円 | 約110万円 |
| 将来の年金加入 | なし | あり(厚生年金として将来受給) |
一見すると、130万円を超えて働くと手取りが減るように感じます。
しかし、社会保険に加入すると 将来の年金・医療保険の保障が手厚くなるため、短期的な手取り減少を上回るメリットもあります。
FPとしては、本人と家族のライフプランをもとに「今の収入」と「将来の保障」を総合的に評価することが求められます。
3.シミュレーション事例②:大学生アルバイトの扶養控除
2025年税制改正では、高校生・大学生の親が受ける扶養控除が見直されました。
大学生(19歳以上23歳未満)の扶養控除額は63万円から58万円に減少。
親の所得税率が20%の場合、税負担は年間約1万円増える計算です。
学生本人が年収130万円を超えると、親の扶養から外れるだけでなく、学生自身にも住民税が課税されます。
このため、大学生が「扶養内で働く」か「扶養を外れて自立的に働く」かは、親子での情報共有が不可欠です。
すかいらーくホールディングスのように、アルバイト収入をデータで可視化する企業では、**「あと8万円働ける」**という具体的な目安を提示し、学生も安心して働ける環境を整えています。
4.FPとしての実務ポイント
年収の壁に関する相談を受ける際、FPは次の3点を意識することが大切です。
- 税と社会保険を一体で説明する
103万円・106万円・130万円・150万円といった基準の違いを、図表で示すと理解が深まります。 - 家計のシミュレーションを複数年で行う
短期的な手取りではなく、年金・医療費・教育費の将来見通しを含めて設計します。 - 企業の制度・配偶者の勤務先ルールを確認する
被扶養者認定基準は健康保険組合ごとに異なり、実際の判断権限は企業側にあります。
FPの役割は「壁を避ける」ための助言ではなく、「壁を越えるかどうかを家計の軸で判断する」支援にあります。
結論
年収の壁は、単なる「働きすぎると損をする」という問題ではありません。
正確に制度を理解すれば、社会保険加入による保障拡充や、長期的な家計安定につながる選択が可能です。
FPとしては、税務・社会保険・ライフプランを横断的に整理し、クライアントが「自分の働き方を数字で理解できる」よう支援することが求められます。
複雑な制度を見える化し、家族単位で判断する――。
それが、これからの「年収の壁」と上手につきあうための第一歩です。
出典
- 日本経済新聞「<お金のリアル>年収の壁(中)『あと8万円働ける』」(2025年11月8日)
- 財務省「所得税法上の扶養控除制度の概要」
- 厚生労働省「被扶養者認定基準の見直しについて」
- 日本年金機構「厚生年金・健康保険の適用拡大Q&A」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
